HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。
  
SONNY ROLLINS “TOUR DE FORCE” | - 2023/01/12
- SONNY ROLLINS “TOUR DE FORCE” PRESTIGE 7126 (USA)
ややカントリー風のデザインで、コーティングも綺麗なニューヨーク・ラベルのこのアルバム。 ジャケットはなかなかの迫力だが、実は70年代,我が国のコレクターの間で原盤コレクションが広まって以来より不人気である。 あの有名なアルバムであるサキソフォン・コロサスなど既に数十万円を優に超えていると言うのに、この人気の落差は如何ともしがたいものがある。
そのサキコロを中心に置いて考えるに、1956年6月にサキコロを録音しその名を轟かせ絶好調のロリンズそのままであって欲しいと思うマニア心は勿論、同社社長の願いとも、やや裏腹な作品を出す。 社長のロリンズに対する扱いが悪いのかと勘繰ったりもするし、またロリンズの進歩が速すぎたのかもしれないと考えたりもする。
その直後の10月15日のプレイ・フォー・バード(7095)は、パーカーの音楽性に敬意を払いつつ、己の解釈を知らしめたのであるが、ちょっと曲の切れ目も良く分からないような、水準が高すぎて全部聴くと観客にはややキツイ感はある。 その後の12月7日の録音が当アルバム(7126)である。
それほど駄作なのか、もう一度しっかり聴いて見みよう。
この日の最も売れそうで、親しみのある一曲Sonny Boyはなぜか、他のアルバムで後の7207(Sonny Boy)として発売されるに至る。 さて、残った曲目であるが、1曲目のEE-AHは、ケニー・ドリュ-のピアノも綺麗で、ロリンズの巧みな演奏もありバリッとした好演奏に仕上がっていて、これはフアンも文句は無かろう。 2曲目はB.Quick、なるほど高速プレイである。 速いパッセージでも彼のリズムは正確無比で、しかも、マックス・ローチも相当前衛へと進んでおり、共に勉強したとも思える、前衛ジャズへの触手が伸びてきた事を示した音楽性である。ある意味ファンを置いてきぼりにするような冒険的でもある。 さて、B面になりTwo Different worlds冒頭のドリューのピアノがムーディーでほっとした途端、アール・コールマンのだみ声のボーカルが流れる。 よく聴けば、実にブルージーで、ムーディーで良いジャズであるし、ロリンズの歌伴として演ったソロも実に見事である。 次のB.swiftもまたB.Qiock同様の高速チューンである。 どうもこの日は、歌以外はすべてビバップの再来かつ更に進んだ前衛ジャズに的を絞ったらしい。 そもそもビバップが前衛音楽であったのだから、ロリンズの進んだ音楽性から行けば当然の成り行きであったのかもしれない。マックス・ローチの対応が特に光る。 最後の曲が My Ideal、冒頭はロリンズの見事なバラードが流れ安心していると、ムギューと絞り出すようなアール・コールマンの歌である。しかし、この歌は見事である。 ジャズファンに好きになって欲しい一曲である。
当作品は非常なるたくみさと、かなりハードな演奏で、そして、マニアに不人気な男性ボーカル2曲の男らしいボーカルという、バラエティに富んだ作品である。 いや、古さと新しさをギュっと詰め込んだ作品である。
兎に角この録音で不思議な事は、歌手のアール・コールマン(Earl Coleman)が2曲参加してことである。 特に、My Idealは同日、アールがリーダーとして録音されていて、ロリンズの作品に入れる予定はなかったのかも知れないのである。まあ、アールの作品はこのあと同社では発売されなかったのでもあるし。 もちろん彼の歌は実に味わいあるナイス・ジャズボーカルである。多くのジャズファンには全く無名な存在であるのだが、彼の初レコーディングはダイアル・レーベルでのパーカーとの演奏であって、彼はビバップからのモダンジャズ・ボーカリストなのである。その意味でも、今の我々には及びもつかない作品であった。
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THAD JONES “MOTOR CITY SCENE” | - 2023/01/10
- THAD JONES “MOTOR CITY SCENE” UNITED ARTISTS UAL 4025 (USA)
夜の高速道路のジャンクションのヘッドライトの線が見事なジャケット写真になっている。 正にモーターシティなのである。 この作品を作るために集められたメンバーはサド・ジョーンズ、ビリー・ッチェル、アル・レイ、トミー・フラナガン、ポール・チェンバース、エルビン・ジョーンズの6人いずれもデトロイト出身のエリートである。 何しろ、デトロイトの特産は聞かれれば、ジャズマンと答えてもあながち間違いではない。 一例を上げると、ミルト・ジャクソン、ワーデル・グレイ、ラッキー・トンプソン、ジミー・カーター、ジョー・ヘンダーソン、ユセフ・ラティーフ、チャールズ・マクファーソン、バリー・ハリス、ハンク・ジョーンズ、トミー・フラナガン、ローランド・ハンナ、ルイス・ヘイズ、勿論ジョーンズ兄弟はエルヴィンなど全員この地である。 とはいえ、ここも例に漏れず、優秀な人からニューヨークに出て行ってしまうのは致し方が無い所である。
さて、デロイトといえば、モータウン(Motown Records)が有名であって、多くのリズム・アンド・ブルースのレコードが世界に向けて発信され、大きな音楽の流行となった出発点でもあったのだが、その事に付いては、又の機会に譲るとして今日は、このモーターシティ・シーンの話。
デトロイトが、ニューオーリンズ発祥のジャズがミシシッピ川を遡って、メンフィス、セントルイス、シカゴ、と伝わって来てデトロイトにも来たのである。 面白いことに、ジャズがニューオーリンズで、その上流のメンフィスやセントルイスがブルースの本場であり、そのまた北のシカゴやデトロイトがジャズなのである。
ニューヨークなど他の都市のジャズと少し異なって、黒人の音楽が非常に色濃く残った点にあって、黒人色の強い音楽スタイルであった。 それが、結局現在のジャズにも大きく影響を与えたのではないだろうか。と私は思うのである。
戦後、デトロイトは景気の良い時も悪い時も数十年に渡り、ジャズを育んだ事は間違いない。 結果的にニューヨークに出て行ってしまった多くの有能なプレーヤーを忍んで、この作品は聴く事が出来る。 まあ、デトロイト同窓会でもある。 デトロイト・ジャズの話になってしまったが、当アルバムはサド・ジョーンズの曲も良く、音質も良好で実に出来の良い作品である。
ジャケットの裏書に興味深い事が書かれている。 第一次世界大戦のあと、フォードは多くの従業員を集めた。12,000人しか黒人が居なかった所に、数年で64,000人に増え上がった。同時に南部の白人と共にKKK団も連れてきた、と。 それでも当時、その後数十年もたってから人種差別から大事件も起こるとは想像だにしなかったに違いない。
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傷を負った猫 | - 2023/01/08
- 近くの川へ散歩に行くと、しばらく会っていない茶色の猫に会った。
日向で座り込んでいる。 よく見ると、頭に傷。
さて、どうしたものかと、急にそばに寄らないように声を掛けながら、徐々に近づいて捕まえて、病院にでも連れて行きたい、と思っていると、そこにずかずかと猫にすぐそばに寄って「あら傷してるじゃないの、何してるのよ」と偉そうに申して居る。 おばさん、猫はさっさと逃げてしまった。
まったく、おばさんは迷惑だ。
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年末年始のテレビ | - 2023/01/05
- テレビ東京の「超巨大コンテナに乗せてもらいました」という番組、面白かった。
大迫力であった。
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明けましておめでとうございます。 | - 2023/01/03
- 明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
1月4日より通常通り営業しております。
新年最初の通販リストは7日(土)を予定しております。 よろしくお願い致します。
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良いお年を | - 2022/12/31
- 今年も大変お世話になりました。
来年もまた、よろしくお願い致します。
良いお年を!
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営業案内 | - 2022/12/28
- 12月31日 営業 ただし7時まで
1月1日 〜 3日 休み 1月4日 通常営業
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生きがい | - 2022/12/28
- ここの所、年を取るとどうも人生観がしょぼくなってきたと言うか、侘しさが増したような気がする。
思うに、まだ生きてはいるのだが、身体的な力の衰えと共に、精神力も衰えた気がする。 精神的な力と言うと、これははっきりと言えるものでは無いのだが、健康的に自信が持てない、或いは寿命を感じた時、直ちに心の持ち方も変わる。 人生の未来に対して楽観的ではあるのだが、若者の楽観性とは異なって、あきらめと言った方が正しいのかな。
だが思うに、現代社会において、私のごとく老人はともかくとして、若者の中にも希望が持てない人が沢山いるような気がする。 希望を持てないのではなく、確かに希望はあったはずなのに、何かの弾みで希望を放棄してしまった、そして、その復興が為されないまま生きている人々。 何とかして、みんなが、楽しく未来に向かって行けない物かと思うのである。 例えば、私も年齢を重ねた故に希望は大きくない、だからと言って打ちひしがれているかと言えば、そうではない。何故かと言うと、「生きがい」があるから。
店の経営、仕事の事、音楽を聴く楽しみ、それだけではなく、家の庭に咲く花、木を植える楽しみ、手入れする楽しみ、更に、友人と会う事、近所の子供の成長を見る事、これらは大きな目標だったものが、身近な小さな出来事の発見に変化して行き、喜びとなり、生きがいに通じるのである。 己に取って、生きがいとなるものは、誰でも持っていた筈、それを希望やプライドが大きすぎた故に、自ら落伍者となってしまったのではないか? また目標が大き過ぎ、己の手に負えなくなり簡単に諦めたりしたことは、果たして正しかったのか。 失敗したと思ったら、目標を小さくして見直す事も大切なこと。 出来る事からやって行く事により、実は小さいと思っていた事が意外に、しっかりした大きな目標に近い事を知る事もある。 人生にプイッと背を向けたりしないで、思ったことを大切に、少しずつ必要な事からコナして行くのだ。 人生は長い。
私に取っても、結構、長そうだ。 わずか一年だとしたとしても、これから先は長いのだ。
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中国のコロナ | - 2022/12/26
- ニュースで見ていると、中国のコロナはオミクロンではなく、もっと強毒性のある新種らしく、死者がかなり出ているようだ。
それにしても、新宿では最近、中国人らしき旅行客が目につく。 かなり入ってきているようだ。
ちょっと怖い。
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コロンビア・レコード | - 2022/12/23
- コロンビア・レコードの英語のウイキペディアを見ていたら、ちょっと面白い記事があった。
1954年、アメリカ・コロンビアのレーベルデザインは、同社のディレクターS.フジタ氏によりデザインされた。 新しいモダンな形のウオーキング・ロゴを使用することになったのである。 現在、我々が呼ぶところのシックス・アイズなのであるが、それは、目はレコード盤であり、それに足の部分からなるデザインである。 ただし、目はレコードのみならずテレビにおけるCBSのメインの事業であり、その象徴である目も現している。 という事である。
1961年の後半には、同社はプレス工場において新しい設備の機械を導入する。 それまでの、いわゆる「深溝」とマニアに呼ばれる古いプレス機で行われるものであった「深溝=ディープ・グルーブ」は、盤を中央にセットするために、丸いセンターを型付ける金属スタンパーの名残であるが、61年からの新機械は異なる形状の部品を使用して、深溝があった場所に小さな出っ張りしか残らなくなった。 ここからが重要なポイントであるが、幾つかの工場が、同時期に新機種を導入したわけではない。 異なる時期に機械を交換したため切り替えは同時に行われず、深ミゾとミゾ無の両方の盤が、それぞれ同時にオリジナルのプレスであるのである。
そして、そのラベルが、ラベル上部に小さな「CBS」を載せ始める事になった。 これも有る時に決まった日付で変更されたものではなく、あるプレス工場においては古いラベルの在庫を最初に使い切るように指示されたため、工場によって異なるラベルが混在する結果になった。 同じアルバムで、マーク有る無しが存在し、また片面のみマークも存在する。
という事は、「他社も同様な状況であった」と私の調べでは、そうなっている。
現在、日本のレコードマニアにおけるオリジナルの判定方法が極めて厳しい物があって、外国の企業の風土も考える事もなく、深溝は決まった日時にきちっと作られ始め、また決まった日時に使用が終わったかのように考えているマニアが多くいる為、判定が無意味に厳しくしている状況である。 これら深溝シンドロームと言えるものがあって、当時の米国の状況とはかけ離れていると思われる。 特にレコード販売チェーン店である業界大手の社員が上目線で、これだと決めつけた結果、むやみにオリジナルの限定が勝手に行われ、また価格も高騰させたことは実に問題がある。 それも印刷物まで作り、声高に決めつけたのである。 なんとも酷い話である。
しかし、非常に面白い記事であった。
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