HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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2021/10/26

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TINA LOUISE "IT'S TME FOR TINA"
2021/10/24

TINA LOUISE "IT'S TME FOR TINA" CONCERT HALL SOCIETY H-1521 (USA)

ちょっとセクシーなボーカル・アルバムである。
私はなんだかこのレコードが好きで、滅多にお目に掛かるものでは無いが、入荷すると嬉しい。

このレコードを私が知った時期ははっきりと覚えていて、それは1974年のこと。
74年というと昔のコレクターなら記憶に有ろう、なぜなら今は無き雑誌スイングジャーナル「幻の名盤読本」が発売されその中に記載されていたからである。
それから、マニアの間で大変有名になった。それは記事の中に「石原裕次郎がベた褒めしている」という内容があったからである。その一文だけで皆盛り上がった。罪な執筆者である。

その記事を書いた瀬上さんの記事を書き出してみた、私がくどくど説明するより早い。
「ティナ・ルイスを知る人は少ないかもしれない。本職は映画女優で「神々の小さな土地」等2,3の映画に出た、御覧の通りの美人、そのせいかお金持ちの医者に見染られ、すぐにスクリーンを去ってしまった。
これは彼女が残した唯一のレコードで1957年頃の録音である。
ジャズ的な話題では伴奏者が豪華でコールマン・ホーキンス、タイリー・グレン、ヒルトン・ジェファーソンがソロを挟み、アレンジはジム・テイメンスである。
彼女は適当にハスキーで悩ましい声の持ち主、特にIt’s been a long, long time,ラストのGoodnight,my love.
などは魅力的。隠れたファンが意外に多く。ボーカルに造詣の深い末村氏が秘蔵版として本誌で紹介した事もあり、週刊誌に裕ちゃんこと石原裕次郎がこのLPをべたほめしているのを発見して驚いた。
会員組織で販売されたレコードだけに、あまりお目にかかる事もない。」
というものである。

その裕ちゃんが大好きな一枚とはなんだろう、きっと良いセンスの一枚だろうと仲間が集まって大騒ぎになった。だって当時、皆そんなレコードを鑑賞した事が無かったから。

私としては当時、若者がコルトレーンやアイラーも聴かずボーカルにウツツを抜かすとは何事かという硬派だったので、購入しなかった、といえばカッコ良いが実はレア過ぎて購入など出来はずもなかったのである。
というわけで軟弱(?)な仲間はみな、必死に探した。

瀬上さんの説明の通り、レコードショップで売られていた物ではなく、コンサートホールという当時の会員制通信販売のみで売られていたものでもあり。マニアが購入していたわけではないので、当然出て来ず、またキレイなものが極めて少ない事もわかった。
その後一般の人のために再発され店頭に並んだらしい。だがそれはレーベルが変わってしまっており、これまたガッガリさせられたのである。
したがって綺麗なものも無く非常に高額であった。
まさにコレクター泣かせな美人であった。

猫 死す
2021/10/23

黒猫ブルは今朝5時半頃死んだ。
2日前から寝たきりになり昨日は、最早これまで、と覚悟を決めた所、そこから頑張りがあった。
横になったまま動かず、我々も猫の体が冷えないように、布団に一緒に寝ていたものの、静かに波が引くように冷たくなっていった。
年齢も20歳なので、大往生という所か。

三日前は、なにを考えたのか、とにかく外に行きたいと玄関のドアの前で私の顔をじっと見つめるので、夜10時過ぎから5回も散歩に行った。
それも結構歩いて150メートルも離れた知合いの家の前まで行ったり、公園に行ったりして、帰っては出たいの繰り返しで、最後は少しの風にも体が揺れて、遂に歩けなくなった。
きっと、最後の力を使い切り、死への準備としたのであろう。

実に見事な往生であった。
兄弟のオーラが一年前にあの世に行ったので、お迎えに来たのでは無いかと家内と話していた。

我々夫婦ともにあと1・2か月で75歳、犬猫も買うのもキツイし、ペットがいれば旅行にも行く事が出来ない、病気にでもなれば家も空けられない。
可愛いのは当然であるのだが、一緒にいれば心の負担にもなる。
今後は飼うのは無理だと話し合ったのである。
と言いながら、猫でもいないと寂しいと言っている家内である。


しかし、私は家内に対して尊敬してしまったのである。
何しろ、自分の両親を看取り、犬を看取り、猫も4匹看取り、見ず知らずの飼い主が死んだからとその猫を預かりしかも癌になった猫を看取り、そのほか鳥なども看取り、一体どれほどの命を大切にあの世に送り出したでのあろうか。
あんたは絶対天国に行くと私はいつも言っているのである。

急に寒くなって
2021/10/17

今朝から、いや昨日から急に寒くなって、夏の季節はここまでずっーと引っ張って来ていたが完全に終わった。
考えて観ると、すし屋で今年もコハダの新子やイカの新子など終ぞ食べられなかった。
コロナのせいで、コロナの自粛命令のせいで客が入らず、マトモに仕入も出来なかったという。
そういえば、時々行く馴染の天ぷら屋でも仕入れ資金の事を思うと穴子の仕入が出来なかった、と淋しそうであった。
何という、季節であったのであろうか。

一年中季節の物が食べられる昨今、これぞ待ちに待った夏の季節感と言うものは、コハダの新子が一番で、きつい夏を今年も迎えた喜びに浸れる食べ物である。
江戸前の味覚が堪能出来ないとは。そういえば去年も同じことでこぼしていたような気がする。

私は、あまり青魚を食べない。しかし、コハダは食べる。
すし屋にも変だと言われるが、自分ではそういう物だと思っているから、普通であろう。
また、来年が楽しみである。


DICK MORRISSEY “HERE AND NOW AND SOUNDING GOOD”
2021/10/16

DICK MORRISSEY “HERE AND NOW AND SOUNDING GOOD” MERCURY 20093MCL (UK)

66年録音のワンホーン作品だが、今となっては大変レア盤になってしまった。
彼は、しばらく前に起こった、ピアノトリオとヨーロッパジャズ・ブームに乗り、それはそれは多くのマニアは大騒ぎで探されたのであるが、近年は落ち着いた。落ち着いたというより物が出なくなった。
ディック・モリシーは、年齢的にもタビー・ヘイズの後を追って、大いに薫陶を受け、英国におけるジャズの2大テナー奏者として、実力・人気共に充実していた。
61年にフォンタナからIt’s Morrissey, Man !を発表し地位を確立してから、当作品はUK-MERCURYの第二作目にあたる。
内容は実にいい感じのワンホーンである。
冒頭のOff The Wagonがなんとも良い曲で、タララ、チャララン.....。ブルースの雰囲気を持った大らかな曲調で、一音を聴いただけでずっーと聴いていたくなる良い演奏である。そう言えばこの曲は先輩のタビーもレコードの中で演っていたので、どっちが古かったかと見れば、一年だけディックの方が古い、きっとディックのを聴いたタビーが演奏したのか知らん。だがどっちも好演奏なので、嬉しくなってしまった。
アメリカで流行って来たハードバップが英国のテナーサックスにおいては、彼らによって花開いたといっても過言ではない。ああ、ドン・レンデルも忘れてはいけなかった。

この一曲だけでも、アメリカのジャズの大らかさが、英国で暖かさの有るテナーの流暢なそしてより芸術性の高いサウンドとして人々の耳に入ったのである。
もちろん2曲目のゆったりしたバラードも見事。
3曲目の高速プレイは、チキチキ・シンバルと相俟って、クラブでも使われたようでもある。
気持ちが良い内にA面が終わってしまった。

そうそう、ジャズロックの好きな人には今更であろうか、バンド「If」の主要メンバーであった。
Ifにあっても彼はジャズ色の強いサックス・プレイヤーである。

才能あふれる人であった。

勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負け無し
2021/10/15

元プロ野球の野村さんが試合後の記者に言った言葉。
「勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負け無し」
あらゆるスポーツ中継を見ていると確かにそう思える事は多々ある。
スポーツをやらない私等は、それをそのまま人生の成功の不思議さに写して見る事になる。
面白いもので、我々のような小さな商売をやっていると余計にそう思わざるを得ない。
商売仲間は皆同じような事を考えているのが面白い。

新宿のこの辺りは、繁華街の一角を担っており、狭い店舗にも関わらず家賃が高い。それを承知でオープンした飲食店、ラーメン屋など数知れず。店主は一生懸命に夜遅くまで働いているようであったが力及ばず消えて行った店舗は数知れず。いや消えて行った店の方が多い。

あるレストランの店主は、野菜の生産者なども大変こだわって店をオープンしたが、なぜか2年ほどで閉店になった。ひとり相撲だったのであろうか。
テレビの中の話だが、あるおばさんが一人でジャムを作っていたが、売れないので止めようかと思った。そこに丁度テレビの旅番組の取材が来て、そこから一つ二つと注文が入り、其の後順調になったそうだ。

中小の店舗など豊富な資金でもあればよいが、なにがしかの運がないといくら頑張ろうとも成功には行かない。
では小さな店舗など、一体何年続けば成功と言うのかと税理士さんに訊いた所、まず10年だと。
そうであろう確かに10年の長さは絶対的である。

従って私は義父に習った人生訓、「人生不幸中の幸い」をモットーにしている。

通販リスト更新
2021/10/15

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禅寺丸柿
2021/10/12

地元の友人が親戚の家で収穫した柿だと沢山持ってきてくれた。
生っているそのまんまの柿で、自然な感じが嬉しい。

「禅寺丸(ぜんじまる)」という柿は、大きさは富有柿の半分程の小ぶりでやや腰が高い丸い形で、自然を感じさせるほのかな甘さである。
また半甘柿と言うのか、ゴマの部分は甘いが白い部分は渋い、実に野性的な果実なのである。
従って、甘そうなヤツを取ってエイヤッと噛みつくと、時々渋い物に出会う事もある、柿好きならでは醍醐味である。

なんでも川崎市麻生区の王禅寺という寺の近くで見つかった日本最古の甘柿だという。ネーミングも禅寺から名付けたものだと。
それを植える様になり、近隣である横浜市青葉区あたりでも、戦前までは沢山作られていて、稲の収穫が終わった農家がリヤカーに大量に積み込んで東京に売りに行ったものらしい。
その後、国内で柿の品種改良が急激に進み更に大きくて甘い柿が出回るようになり、押されてしまいほぼ消えてしまったのだが、地元の人たちが探し当て 区の柿として植えられたのだという。
といっても、商品化にはならないようで、少量が売られているのみである。

私は柿が大好きなので、筆柿とか、こういういわゆる半甘柿が年に一度は食べたい。
良いものだ。

SONNY ROLLINS “EAST BROADWAY RUN DOWN”
2021/10/11

SONNY ROLLINS “EAST BROADWAY RUN DOWN” IMPULSE A9121 (USA)

ロリンズのレコードは、サキソフォンコロサスはじめ50年代の評価が異常に高いのに比べ、ついでに言えば廃盤価格も非常に高価であるにも関わらず、第一次沈黙後復活した62年のThe Bridgeからその評価の低い事。
見ていて悲しくなる。
また、評論家などの低評価をこれ幸いに、これでもかと上目線でこき下ろすブログなど、理解しない人々のいかに多い事か、これはなんという事か。

ロリンズは59年から62年までも沈黙の間、何をしていたのか?
彼は、ジャズ界に襲い掛かった、モード旋風の中にあって、モードに依らずとも自由な演奏が出来るに違いないという信念に基づき苦心していたのである。その結果が満を持して世に問うたThe Bridgeであった。まあ、一部には評価されたものの、観客が付いて来ずRCAも困ったことであろう。音楽産業に乗っている以上、売れてなんぼの世界である。
モードの旗手になったコルトレーンは英雄にされた。
しかし、ロリンズはモードを理解できなかったダメなヤツとレッテルを貼られてしまい、ハードバップでも、新主流でも、フリーでもないジャズメンという事になった。
日本のフリージャズ系の評論家達も、ロリンズをこき下ろした。

しかし観客にとっては、その間Alfieという大ヒット作もあり聴き易いノリノリなジャズをやりながら、一方前衛色の強い音楽を演奏するのかという、戸惑いが生じたのであるが、彼の大らかさはそれに気にしなかった。
RCAでの不評は続き、IMPULSEに移籍し、66年1月録音のサントラのAlfieが大ヒット。コルトレーンも近づけない豪快なテナーを聴かせ観客が復活と喜んだのもつかの間、同年5月に録音したのが当作品。
ドラムはコルトレーン楽団から不要になったエルビン・ジョーンズ、ベースは現役のジミー・ギャリソン、それに新主流で絶頂になったフレディ・ハーバード。これは何か起きるはずと期待に違わぬ、凄まじい演奏である。
作品はA面一曲のみのタイトル曲に止めを刺すのだが、豪快なテナーから入って行く、あくまで黒人ジャズの伝統を踏まえ、しかもそれに芸術性に新しさがある、誰もやっていなかった音楽であり非常に前衛である。
すでに彼はフリージャズという枠に限界が来るのを理解していたのであろうか。
チャールス・ミンガスの直立猿人が永遠の前衛であるように、彼もまた前衛は常に前衛である事を証明して見せた。
聴けば、ジミー・ギャリソンの長いベースソロも、エルビンのジャズ=民族性から決して逸脱しないドラミングも、フレディのハードなソロも、フレディとロリンズの掛合も、フリージャズっぽくピーピーやって見せるロリンズも、見事に尽きるのである。
途中でひょっとして循環奏法をやっていると思えるが、音質の点で勘違いなら許されよ。
これは、ピアノレスによる表現などから始めた彼の到達点となった作品でもある。

ところで、このアルバムはやはり世間の評価は低く、売れなかった。
コルトレーンより低い事は無いにもかかわらず、社会は理解してくれなかった、コードでもって新しいジャズに切り込んだ彼だが、演奏が観客には理解出来なかった。
以後、再び沈黙し、ライブ録音などはあるものの、メジャーレーベルでの録音はしばらく待たねばならない。
当時、彼の復活を待っていた私の気持ちを一体だれが理解してくれようか。

クリスト、凱旋門を包む
2021/10/08

クリストとジャンヌ・クロードの夢の巨大プロジェクト
凱旋門を巨大な布で包むプロジェクト、いや作品。
クリストとジャン・クロードによるラッピング・アート
本年9月18日に公開された

クリストとジャンヌ=クロードにとっても念願の仕事だったのだが、2009年奥さんのジャンヌ・クロードが亡くなり、残ったクリストは執念を燃やしていたものの昨年の春の予定にしていたが、コロナ禍で延期中止、その直後5月クリストが亡くなってしまった。
しかし、執念は生きていて、遺志を継いだプロジェクトはついに作品を作り上げたのである。

それを聞いた、私の姉と遠くに住んでいる娘も駆けつけ、ほぼ毎日作品を見に行ったのだという。芸術家は優れた芸術を好む!
大いに感激し、興奮冷めやらずという感じで電話が掛かって来た。

その時、姉が「あなたあの時の布いる?」
私「いる、いる、欲しいよ、欲しいよ、絶対」
「じゃ、又明日も行くから貰ってきてあげる」
という話になり、何度も通って5枚入手したという。
とても苦労したんだからね!という念押しも一緒について来た。

どうやら、解体する時に小さく切り来場者に配ったものらしい。
一辺が5センチほどの大きさである。
布は、表面は銀色、裏面は青。
多分荷造りの紐のような軽い素材にアルミのコーティングか何か施したものと思われ、かなりの強度がありそうである。
せっかくなので、額に入れようと思う。

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