HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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通販リストの更新
2026/02/24

お世話になっております。
明日の二月二十五日(水)に新入荷リストを更新予定です。
何卒よろしくお願い致します。

岡本太郎美術館 受賞作
2026/02/22

ひょんなことから作家さんを知り、作品が展示されている向ヶ丘遊園の「岡本太郎美術館」へ行った。
休日の岡本太郎美術館は混んでいた。人気があるんだね。

さて作家、馬場敬一の作品は、岡本太郎現代芸術賞(TARO賞)で敏子賞を取ったのだそうだ。
作品を見て、びっくり仰天。
5メートルの大作でありながら超立体作品。卓越したテクニックで、木炭で仕上げた絵を、それを破壊してから、作品を完成させて行くという気の遠くなるような作業、段ボールを張り、重ね合わせて、樹脂で固めるのである。
なんと段ボールの積層と切断と曲げ、ひび割れ、それが美を持って固められた作品が岡本敏子賞を取ったのである。

作品はメメント・モリ=自分がいつか必ず死ぬ、思想から離れられない作品というか。
凄まじいばかりの死生観というのか。
いや、圧倒的な生と死を、あなたはこれです!、と目の前に並べられる、そのショック。
芸術作品のモチーフとして永遠のテーマ、エロスとタナトス、そしてメメント・モリ、それをここまで、はっきり表現しきった現代の作品は凄かった。

近年は漫画と揶揄されるような芸術作品が多いのだが、今回は、強力なデッサン力と造形の力を見た。

冬季オリンピックで思う事。
2026/02/20

SNSで、カーリング女子やスキージャンプの選手などに、ちょっと成績不振だと、激しいバッシングが非常に多い。
選考方法が間違っているとか、化粧する暇があったら練習しろとか、いつまでもしがみつくなとか、整形がどうのとか、そこまで言うのかと思えるほど貶す。
実際ネットのニュースでも、選考方法が間違っているとか、既に書かれている。

日本人というのはそれほど怖い民族だったのか?
スポーツ選手に対する怒りとはいったい何だろう。

期待が大きいほど、その予測が外れた瞬間、猛烈な怒りに変わるのであろうか。
マスコミと一緒になって理想を作り上げた結果が思わしくないのであろう、しかし、バッシングしまくって何が良いのか?
理解出来ないのだが、ちょっと分かる事と言えば、スポーツの国際大会は戦争の代わりであるという事かな。
日本のように世界一の反戦主義国家であるが故に、だからこその観戦なのかと思うのである。

冬季オリンピックで思う事。
2026/02/18

冬季オリンピック
1956年、その時はコルティナ・ダンペッツオとなっていたのだが、国民に取って、ほぼ無名の猪谷千春選手が回転で銀メダルを取った。
それが翌日の新聞に載り、私の父が非常に興奮していた事は、昨日の事のように記憶している。そしてその武勇伝と共に、その両親の凄まじいまでのスキー教育を知らされ、私も大いに感激したのである。

その時、三冠王に輝いたトニー・ザイラーさんも有名になり、日を追うごとに猪谷人気を上回る騒ぎとなっていった。2位じゃダメなんだね。
やがて映画「黒い稲妻」になって日本上陸、ゲレンデはオーストリア・スキー・スタイルと黒いスキーウエアであふれた。私もカニの横歩きと揶揄された方法でちょっと練習したのである。

そのハンサムさは益々人気上昇し、ついにその頃の美人フギュア・スケーターのイナ・バウアーさんと共演した映画「白銀は踊る?」が大ヒットしたのである。

そのイナ・バウアーが編み出した決め技が、同じミラノにおいて、荒川静香選手によって完成形を見たのである。
因果は巡る。いいねえ。

衆議院選挙
2026/02/09

8日の衆議院選挙、夜、タクシーに乗ったら運転手さんが自民圧勝みたいですよ、と言われ、車内で話が盛り上がった。
家に帰ってテレビを付ければ、見る見る内に自民が300議席越え、感心していたら自民一党で2/3を超えたと。
夜中の3時過ぎまでテレビに噛り付いてしまった。
高市さんは、戦後のどの総理よりも偉大な総理だったということになる。
女性総理誕生も凄いと思ったが、2/3議席を単独で獲得したのも偉大である。

比例区で候補者が足りなくなって、14人分他党に差し上げたらしい。
比例区などという、こういう選挙のやり方ってどうよ?

NHKだけでなく、TBSも見ると、高市さんの暴走が始まると騒いでいた。
面白い局だなあ。



WYNTON KELLY “KELLY AT MIDNITE”
2026/02/08

WYNTON KELLY “KELLY AT MIDNITE” VEEJAY LP 3011 (USA)

かつて、MIDNITEというのは間違っていて、小さな会社だから字も知らないと馬鹿にしていたファンの方も多々いたのであるが、NIGHTは略してNITEと書くこともあるので学が無いなどと威張ってはならない。それこそ人種差別の典型である。
1960年の録音、こういうコーティング・ジャケや深ミゾの盤面を見ているだけで、さぞかし良い音がするに違いないと思ってしまう、まあ、好き者としては非常に興奮するものである。

さて、このアルバム。
ウイントン・ケリーのピアノの雰囲気がよく出たハード・バッパーとしての面目躍如盤なのである。音質もメリハリがあって、バシバシ決まるところが爽快な気持ちにさせられる。
A−1Tenperance から、まったくもってモダンジャズらしいピアノである。
2曲目のバラードも彼らしい聴かせ方を知っている演奏で見事。
さて実はこのアルバム、B面こそが真骨頂なのである。実は私、申し訳ないがB面しか聴かないのである。それほどB面の出来が良いと言いたいのである。
Philly Joe のタカタカ,タカタカというドラムに誘(イザナ)われて、ピアノが入るところの流れが実に素晴らしく、あまりの見事さにあっけにとられる。
こういう曲の入りの逞しさはがあって、歌心たっぷりで輝きのあるサウンドは聴いて心がリラックスしてしまうのだが、音楽は至って隙のない見事さで、良い仕事しているのである。
ノリとタメがあって、スイングして、良いジャズだなあと、感心して最後まで耳を傾けてしまう。

彼の名盤と言えば、Riverside ”Kelly Blue” や、Veejay ”Kelly Great”など、誰もが挙げるところであるが、ウイントン・ケリーの良さが出るのはピアノ・トリオ、そういう意味でも、このアルバムは聴くにはお誂え向きでもある。
ましてオリジナル盤の音の良さ・迫力は、余計に音楽が引き立つというもの。
それに、もう一つ忘れてはいけない、ここでのPhilly Joeのドラムの音がバチンバチンと決まり、出来が大変よろしいのである。

出来るだけ大きな音でお聴き下さい! と注釈を付けたいほどの作品である。

Ann Burton “It might as well be love”
2026/02/07

Ann Burton “It might as well be love” Turning point 30002 (Holland)

アン・バートンの1984年のアルバムで猫を抱いたジャケットが微笑ましい。
このアルバムは私の宝物である。なぜなら中に彼女の手紙が入っているから。

「手紙というのはプロモーションなのであるが、86年1月、パリのクラブ“Le petit Opportun”のマネージャー宛てで、内容はブロッサム・ディアリーさんから紹介されました。よって最新のこのアルバム、経歴、写真を同封いたします。あなたのクラブでの出演の可能性についてお聞かせください。このアルバムの事もお聞かせください。」
といった内容である。サインがあり、このジャケット・カバーに使われた、猫を抱いた写真も一緒に入れられている。

レターヘッドの名前の横に、うお座、猫好き、ベジタリアンと強調してある。
経歴は、ルクセンブルグで歌い始め、フラン・エルセン・トリオと本国で歌い、その後ルイス・バン・ダイクとクラブに出演していた。
68年に初アルバムのブルー・バートンはエジソン賞を受け、ドイツの評論家ヨアヒム・ベーレントから「温かみがあり、豊かな表現力と想像力で歌う歌手はほかにいない」と評された。
69年 コペンハーゲンで開催されたヨーロッパ・オールスター・ガラ・ショーでオランダ代表として出演。
71年 ロンドンに移り、オランダ人アーティストとして初めてロニー・スコッツ・クラブと契約。
73年、日本人の強い働きかけで日本ツアーを行い、日本のジャズメンと3回のレコーディングを行い、成功を収めた。
と言った内容である。

(私の注釈)70年代、数回の来日とレコーディングの成功により、日本において彼女はエラ・フィッツジェラルドに次ぐ大人気となったことは事実である。数年おきにアルバムをだしており、我々の耳に定着した。
ムードいっぱいの彼女の歌声は、嫌らしくない、優しいい雰囲気で、夜とジャズのイメージを決定づけ、以後、多くのボーカリストがこのようなムードと優しさを合わせた歌い方に影響を受けたのである。

彼女くらい有名になっても、仕事を探すことの努力は計り知れないものがある。
苦労するものなんだね。読んでいて涙が出てくる。

彼女は1933年生まれ、ナチス時代に父母は収容所に入れられ、彼女は隠れて生活した辛い少女時代だったようだが、ファースト・アルバムBllue Burtonは34歳であった。
当時オランダには欧州ナンバー1の歌姫と言われた、リタ・ライスがいた。リタ・ライスは10歳ほど年上で、50年代からのアルバムもあり大先輩である。しかし、アン・バートンがアメリカのボーカリストに影響は受けた事は出てくるが、リタ・ライスの影響はほとんど記載がない。まあ、気持ちは分かるし、スタイルも違うわけで、そこまではないかもしれない。
だが、リタ・ライスの存在は大きく、オランダにおいて、リタ・ライス、アン・バートン、グリーチェ・カーフェルドと三羽カラスとして欧州でも圧倒的な存在になった。
アン・バートンだけが89年に亡くなってしまったのは残念であった。

彼女の歌はどの作品を聴いても楽しめる。
良い歌手であった。

通販リストの更新
2026/02/04

お世話になっております。
明日の二月五日(木)にホームページの商品リストを更新予定です。
よろしくお願い致します。

マランツ
2026/01/30

マランツ
マッキントシュが1948年に始まり78回転SPから33回転10インチ盤からステレオと、レコードの進歩と共に進むのであるが、マランツは新しいというか、創業者のマランツさんは51年頃に自分用に制作したアンプから始まるようで、53年に開業。とにかく12インチの33回転レコードが出現すると歩調を合わせている。
マッキントシュより後発なのであるが、新しいだけに、ステレオ・アンプは決して遅れを取っていない。

マランツは53・4年にプリアンプModel1を、56年にパワーアンプModel2と当時の高級機を送り出し、以後順調に新機種の開発に勤しむ。Model 7 は 1958年に発売された。
面白い事に、#1がモノであったので、ステレオ使用に対応させるため#6というアダプターを発売したことである。ユーザーを大切にしたのであろう。このプリは一度聴いたことがあるが、なかなかの立派な音質であったので購入しようとしたのだが、機会に恵まれなかった。

1958年はステレオ・レコードの世界基準が制定されたのであって、その同年に「ステレオ・プリアンプ#7」を発表するという事は恐ろしく先見性があって、驚異的ですらある。#7は音質も含めすべて斬新であり、Phonoイコライザーはマランツの圧倒的技術であったし、なによりデザインもまた、其の後のアンプの元となったのである。フォノイコライザーは53年にRIAAが制定されたが過渡期であったためか、78SP、RIAA、Old・columbiaと対応し、ほぼこれで満足できるようにしたのも立派な措置であった。
面白い事に、真空管12AX7(ECC83)を6本も使っていて、シンプルな構成になっているのも感心する。
ところで、デザイン性が高い評価を受けたのであるが、信号の流れが左から右に流れるようにレイアウトされていて、左右対称と言われるのであるが、正面から見ると右側のツマミ4個は左側のツマミ4個より小ぶりになっている、そして、その右側に電源がある。わずかな違いで絶妙なバランス感覚。私はまるで日本人のデザイナーかと思ったほど繊細である。
今につづくデザインの力を見るのである。

マランツは#7の相棒としてパワーアンプ#8(B)を出す、#7から少し遅れて61年に発売されたもので、以後、#7と#8の組み合わせは、高級オーディオ・マニアの憧れになった。
#8は位相補正が施されたアンプとして高い評価を受けたのだが、EL34(6CA7)という素直な出力管も良かった。なにしろEL34はギターアンプにも使用されたので、入手し易い真空管でもあった。

ところで、私の使用機械は
マッキンはC-11 と MC30 X 2台 (時々MC-240)の組合わせか、
マランツは#7と#8の組み合わせになっている。
さて、マランツの方がシャキッとしていて、マッキントシュの方がパワフルであるのだが、どちらが良いかと言われると困るのは、初期の良質な真空管を、取り付けた方が良いのである。
従って、所詮、音は好みであるとしか言いようがない。

私は、まだまだ、古い真空管の良品を探しているのである。
困ったなあ。
困った、困ったコマドリ姉妹。

Hubert Laws 春の祭典
2026/01/29

Hubert Laws“The Rite of Spring” CTI
(邦題 春の祭典)
私も終活であるから、家の中 のレコードを整理していたら出てきた。
1970年頃の作品で、若い頃よく聴いていたので、懐かしくて久しぶりに聴いてみた。
いやいや、なかなかどうして、立派な作品で驚いた。

クラシック・イン・ジャズというか、全曲クラシック音楽のジャズ演奏である。
従って、日本においてキング・レコードら指示された宣伝以外は、当時はどのジャズ雑誌でもジャズマニアからも無視されていた気がする。
アメリカでも評論家のウケは悪く、失敗作と見なされていた気がするのである。

しかし、1曲目のフォーレのラヴァーヌ、2曲目のストラビンスキーの春の祭典と、悪くない、迫力もある。
メンバーがロン・カーターやジャック・ディジョネットが素晴らしいのだが、ピアノのボブ・ジェームス、パヴァーヌの出だしのギターの雰囲気の良さなど、優れた演奏であるし、何より言いたいのは、録音が素晴らしい。
ヴァン・ゲルダー録音といえば、そういうことになるのだが、それにしても音作りが素晴らしい。
レコードは音の良いのが一番と言われるのも頷ける。

彼ヒューバート・ロウズはジュリアード音楽院出身であり、クラシック系の人なので、やっぱりクラシックの味わいは無くならないと思われる。
しかし、良い作品になったものだ。
セベスキーのアレンジ力も見逃せない。
先週はA面を4回も聴いてしまった。

プロデューサーのクリード・テイラーは、60年代A&M時代ウェス・モンゴメリーの作品で大ヒットし、その勢いをもって独立、名前のイニシャルからCTIとした、徹底的にジャズ・ポップス路線を突っ走る。
考えてみればジャズのレコードマニアなど全体から見ればわずかな人数。売ろうと思えば一般大衆に受けないといけない。そう考えれば大衆路線も悪いものでもない。
それが、時代を経て後の人が聴けば、センスの優れた作品はキラッと光るものはある。
ここが音楽趣味の楽しいところだね。

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