HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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通販リストの更新
2026/04/04

次回のホームページの商品リストは4月6日(月曜日)の予定となっております。

よろしくお願い申し上げます。

イランとベネズエラ
2026/04/04

アメリカが正月早々ベネズエラを攻撃し独裁者マドゥロをアメリカに拉致した。
日本のマスコミは内政干渉と猛反発したが、独裁者がいなくなった事で現地ではそれほどの反発もなく、内政干渉と日本が騒ぐ必要もなかった。
トランプ大統領は石油利権を手に入れ、満足であろう。
かつて、日本も戦争に負けて、国民が喜んでいたのも事実だから、周囲が騒ぐこともない。

イランに関しては、2月末、イラン政府の首都テヘラン、核施設があるとされるイスファハン、軍事基地のあるミナブなどを攻撃し、一定の成果が上がったとしている。
今後の戦争の行方は不明だが、われら日本人には、キリスト国家とイスラム国家の争いは口を出さぬのが一番。
とにかく、両者は1,000年も前からいがみ合っているのである。互いの宗教の恐ろしさを罵りあいながら、戦争してきたのである。故にイラン攻撃が簡単に悪いと言えるものではない。

イランはイランの民主化運動があり、それに反発するイスラム陣営と民主化の争いがあり、それは、それは、常に何十万人の反対派の粛清の歴史であって、今回も宗教政府の弾圧で政府治安部隊が3万以上の民主化運動家を粛清されたといわれる。
我ら日本人の無宗教の穏健派には、イランの戦争に対して正義を振りかざす術はない。イランに行った事があるが、恐ろしい国だという事は知っているつもりだ。
更に、かつてイギリスが持っていた石油利権を、現イスラム政権が握り、殆どの石油を中国に売っているのであるから、アメリカとしては面白くない。故に理由を付けて攻撃するのも頷ける。
まして、アメリカの攻撃と同調して民主化運動が出てくると踏んでいたようだが、民主化運動はその前につぶされていたようで、連動して民主化が成功することはできなかった。

形は異なれど、両国とも独裁国家、国民は意外に歓迎しているかも。
次はキューバが標的になっているらしい。

世界で唯一の反戦主義国家日本には理解出来ないであろうが、世界的にはありうる。
自分たちの自浄能力がなけれ他者に求めるしかない。むしろアメリカが入ってくれてよかったかもしれない。
ウクライナの事もほどほどにして、ロシアが資金不足ならば、北方四島を買い取るとか考えないとね。

中川昭一 酩酊事件とその後
2026/04/03

中川昭一夫人暴露「俺はアメリカに殺される。子供達を頼む」
最近、ネットで、中川昭一、酩酊事件が怪しいと再炎上している。
今も尚、真実を求める声が益々増え続けている。

2009年先進7か国財務相・中央銀行総裁会議終了後の記者会見での酩酊事件があった。
そしてマスコミによる徹底的な大バッシングが連日連夜報道され、更に選挙地元の農家の主婦がひっぱり出され、したり顔で「地元の恥、絶対に入れない」と語らせる、激しさであった。
この会見によって中川昭一は名誉失墜、衆院選で落選、後に死亡となり、事件は闇に付された。

最近、夫人によって「俺はアメリカに殺される。子供達を頼む」という話が出され、これがきっかけになり、多くの人々から真相が求められている社会的騒動である。

事件は、会議終了後、中川昭一、玉木林太郎財務省国際局長、中川昭一財務大臣秘書、越前谷知子読売記者、原聡子記者、下土井京子ブルームバーグ記者の計6名が、軽い昼食を取り、赤ワイン1本だけを呑んだとの情報があり、其の後に起きた事件。

読売新聞が怪しいと考えられたが、読売新聞は頑なに否定。いまだに否定するが、その記者の説明も碌に無いまま、ただ否定。余計に怪しむこととなった。
更に事件関係者がその後、うまく生きていることも疑いの目が向けられる。

アメリカに都合の悪い人が暗殺される話は昔からあるが、近年は日本人が手先となって行動しているとの噂もある。そして怪しいと思われる人がその後出世しているのも特徴である。
怪しい事は間違いない、調べてもらいたいものだ。政府も読売新聞もあてにはならないね。

私は其の後、嫌気がさして読売新聞をやめました。
月々数千円の小さな反抗である。


青江三奈のCD The shadow of love
2026/04/01

青江三奈 “THE SHADOW OF LOVE” ビクター( CD )VICJ-182 (日本)

以前、book-offで購入しておいたものを、何気に本棚で見つけて聴いてみたら、非常に良かったのでメモ代わりに書いておこう。
このアルバムは、近年レコードで再発されるまでCDオンリーだったようだ。
曲がとても凝った作りで感心しっぱなしであった。

曲目も往年のファンに嬉しいSentimental journeyはじめ,Cry me a river, It’s only paper moon, The man I love, Love letter,等々続き、自身のヒット曲2曲もサービスという、念の入れよう。

参加のミュージシャンを見てもっと驚く、Mal Waldron, Freddy Cole, Grover Washington Jr, Eddie Henderson, Jim Powell, Ted Nash, George Mraz, Billy Hart,等々凄い人選で、知らない人がいない!。
マルのアレンジもピアノも抜群で、また兄ナットキング・コールのヒット曲を弟のフレディと歌ったり、グローバー・ワシントンのムーディーなサックスを効かせたり、まさにアメリカのジャズ・ボーカル作品のようで感心する。
さらに英語の歌詞に変えた、伊勢佐木町ブルースをBourbon street bluesにしたり、本牧ブルースはマルのアレンジもあって、実に見事!

こういう日本人歌手がジャズを英語で歌うと、観客の多くは待ってました、とばかりに英語の発音がどうの、皆さんケチを付けておるのだが、ケチを付けるほど悪いわけではない。
また、青江三奈だからか、お色気タップリなどと書いているのだが、そんなに色気が出ているわけではなく、優しさと丁寧だと言いたい。

とにかくジャズ・ボーカルとして風情が抜群の良い作品で感心した。
しばらく、私の常設の棚に入れよう。

春は別れ
2026/03/31

3月に、桜は咲けれど、別れの季節。

思えば、中学を卒業した時から始まって、友との別れあり、可愛かったあの子は親の転勤で遠くへ行ってしまった。
中学を終えると、進路はそれぞれで、別れ別れになってしまった。
高校でも卒業すれば更に、友はチリジリになり、もっと遠くへ行った。

卒業式と言えば「蛍の光」と「仰げば尊し」もあまり歌わなくなったという。
確かに尊敬される先生も減っているから、そんなことであろうか?

しかし、いずれにせよ、常に3月には別れが付いて回る。
今日は桜が満開だったが、風雨は強く、すでに散り始めた。
桜が咲くと必ず言っていいほど、嵐が来る、横浜では猛烈な強風であった。

鼻に嵐の例えもあるさ、さよならだけが人生さ!

顔面打撲
2026/03/28

4・5日前の事、友人と町田を歩いていて、マンホール蓋につまずいたらしく、転倒、防御も空しく、膝、手、顔面、と地面にしたたかに打ち付けた。
友人と通り掛かりの女性も助けてくれ、絆創膏を貼ってもらって家に帰った。
病院の検査結果も良好だったが、何しろ、まだ膝は腫れていて痛いので杖を必要としているし、目の上は傷が塞がったが内出血が誠に恥ずかしい。

病院で言われた事は、足が上がっていないからだと。
ちょっと頑張らないといけない。
なんだかなあ

通販リストの更新
2026/03/26

お世話になっております。
ホームページの商品リストを更新致しました。
何卒よろしくお願い致します。

レーベルの事, ニッパーやエンジェル
2026/03/21

レーベルのマークでもっとも有名なものは犬のマーク、ニッパー君で、なんと1900年頃だという。
ニッパーという名の犬が蓄音機のラッパの前で耳を立てている絵柄である。
ニッパー君は1895年に11歳で亡くなっていて、フランシス・バロードという画家のフォックステリアで、蓄音機の前で耳を傾けている絵の題名を「His master’s voice」と付けたという。
Victorが権利を取ったので、以後Victorの商標となり、英国ではレーベルにHis Master’s Voiceとし、各国の言葉で、例えばフランスならVoix son Maitre、イタリアではLa voce del padroneとなり、略してHMVとなった。

しかし、その以前にも絵柄のマークが存在した。それはエンジェル・マークであって、レコード盤の上に天使が乗って羽根ペンで音溝を刻んでいる可愛らしい絵柄である。
その後も、エンジェルのレーベルはクラシックの東芝盤で見ることはできる。

だがすっかりニッパーの独壇場となり、すっかりレコードのイメージと重なってしまった。
日本でもかつてレコード屋の店先にはビクター犬の置物がドンと構えていたのである。
私も当店を開いた際、ビクターの大きな置物を置こうとしたのだが、ビクター音楽産業は既にそのような販促品の貸出を止めていたので入手は困難になっていた、骨とう品屋で購入することは可能だったが、非常に高額だったので私も諦めたのである。

そういえば、日本ビクターの録音スタジオが青山にあった時、建物の玄関先にニッパーの銅像が置いてあった記憶がある。あれはどうなったのかな?

Karin Krog “Jazz Moments”
2026/03/17

Karin Krog “Jazz Moments” Sonet 1404 Norway

非常に珍しいボーカルの一枚。
ノルウエー盤のオリジナルは殆ど見ることはない、レア盤。
1966年録音で、薄い紙に印刷されたジャケットは二つに折って、ビニールに入れられている、言うなればブラジルのアルバムのような造りである。
モノラルで、盤は厚く硬い、初期の赤いラベルで真ん中にヘコミがあって、なかなか風格を感じさせるものがある。
彼女は64年にPhilipsからBy Myselfというアルバムを出していて、まだフリージャズの雰囲気は出ていないが、十分芸術性は感じられ、日本でも評論家にも高い評価を受けた。そして第2作目が当作になる。

この時のメンバ−が凄い、羅列すると、Kenny Drew(p), N.H.O.Pedersen(b), Jon Christensen(ds),そしてテナーにJan Garbarekなのである。
デンマークに拠点を移したケニー・ドリューの参加はジャズの醍醐味が出ているし、ペデルセンのスイングしているベースは見事だし、ヨン・クリステンセンのドラムもガルバレクもしっかりした演奏で、その後ECMで大活躍し高い評価を得、多くのファンを獲得するのである。
よくぞ揃えたと思えるメンツである。
彼女のボーカルは癖が強いと言えばその通りであるが、ブルースの気だるさ、絶妙なスイング感、不思議な哀愁が入り混じった歌で、選曲はすべてスタンダードであるが、その表現は個性的で、この後、個性は更に成長するのである。
従って、当アルバムはその前夜ともいえる、非常に興味深いものがある。

彼女はノルエー本国においては国を代表する、圧倒的なジャズ・アーティストとなったのである。

今回、入荷したアルバムは綺麗である、長く聴いていなかったせいか、B面に若干チリ音があるが、
モノラル針であれば、ほとんど気になることはない。

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2026/03/16

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