HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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通販リスト更新
2019/08/26

通販リスト更新しました。

洞爺丸
2019/08/25

テレビの池上彰の番組で1954年の洞爺丸事故をやっていた。
亡くなられた人や家族の無念さには語るべき言葉はない。

家内は我が家は絶対に見ないといけないと録画もしていた、なぜなら、父親が当時、国鉄勤務だったのだが、あの事件の引責辞任をすることになり。
国鉄での人生を終え、しばらく家でぶらぶらしていたのだ。

事件の後は、家でも事件の話はタブーであったらしいのだが、私が一緒に住むようになり国鉄時代の事件の話などしつこく聞くうちに、徐々に話し出して、胸の内を少しづつ語るようになった。
北海道経済を支えていると自負している国鉄職員たち、その必至さも台風の中出航に繋がったのかもしれない事、事件後の社会に対する針のムシロの無念さもよく話していた。

もうあれから半世紀以上も経っている。
歴史は進む。

百日紅
2019/08/24

今年も咲いたサルスベリ。
やっと咲いて枝垂れてきた。

いつもは 8月と同時に咲くのだが、今年は7月が寒かったせいか、なかなか枝が伸びず、やきもきさせられた。
しかし、8月になり晴天続きで暑さももあってかぐんぐん枝が伸びてくれた。

私にしてみたら、「今年も見られた」という気持ちかな。

2019/08/23

家の本棚に大正14年改訂版「上田敏詩集」がある。
文学青年だったと自負していた義父が買い求めたもので、当時よほど気合が入ったものと見えて、大正15年唐沢勲と筆書きをしてある。
洋書のような立派な装丁で、活字も凹凸のある昔の風格ある印刷の珍しいものである。
古物商である私は、値段が気になってしまうのだが残念ながら初版ではないのでせいぜい2・3千円というところか。
下品な話は置いといて。

ページを捲っていたところ、知った詩があった。
山のあなたの空遠く
「幸」すむと人のいふ。
というカールブッセの詩を初めて日本語にした本「海潮音」を含む、本なのである。
それで、読んでいるうちに感動してしまった。

思えば、上田敏は外国の詩を翻訳などして、日本の現代詩運動の重要人物なのだが、その前に、日本の古風な詩を一挙に変えた革命家と言えるのは島崎藤村で、「ついに新しき詩歌の時は来りぬ」の言葉は、燦然として今も輝く。
それで、また草枕を取り出して、読んでいたらこんな詩があった。

ひとりさみしき吾耳は
吹く北風を琴と聴き

感心したのであるが、急に話をこじつけてみると。
我々の耳も 北風を琴と聴こえなくとも、聴こえる音から音楽の心を聴き取りたいものだ。
と思ったのである

FRANK SINATRA “WATERTOWN”
2019/08/22

FRANK SINATRA “WATERTOWN” REPRISE 1031 (USA)

シナトラのアルバムとして珍しく売れなかった。だが、それほど出来の悪い作品かと思えない。
タイトルは“WATERTOWN”であるのだが、カッコ書きでその後ろに続く(a love story)となっている。
男女の愛について語っている作品なのである。
ジャケットも落ち着いた、淡い色の品のある線画で今までと異色。

私がこの作品を聴いて思った事は、大変に出来の良い作品である。
しかし、いつものアルバムのようにヒット曲や有名スタンダードが全く見当たらない。
ちょっと裏切られたような気持にもならないわけではない。
しかし、この作品を聴けば、彼の心情を最もよく表したアルバムである事が想像できる。

まず、Watertownという東部の小さな町の駅で誰かを待っている、機関車の音が入る。
2曲目Goodbys、コーヒーショップ、女は別れを告げる。
3曲目 For a while, 孤独な心
と、愛の悲しさ、虚しさをこれでもかと歌い上げる。
最後の曲。The train 、帰ってくるはずの妻は列車に乗っていなかった。
という悲しい男の心を謳わせたら、世界一のシナトラ。
一枚を通した凄い作品でもある。なんだか、ミュ−ジカルをLP化したかのような作品とも取れる、きっと映画としてでも作ったら売れたかもしれない。

シナトラも勝算があったのであろう、初回プレス40万枚で万全を期した。
しかし実際は、3万5千枚しか売れなかったという。
通常のジャズの作品なら大ヒット作品である。
それがシナトラの作品としては最も売れなかった作品となった。
余りに出来の良いアルバムは大衆には受けないという事である。

因みにこの作品は本人の人生のようにも取れる、しかし、その1年前にヒット曲My wayを発表している。
なのでここでは、自分の愛について表現したかったのかもしれない、と私は思う。

軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄
2019/08/21

韓国が、軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄だと。
韓国もやるもんだね。良いんじゃないか、すでに、竹島も取ったし、先日もレーダー照射事件もあって、日本を敵視していることは明白。
韓国としては、嫌いな日本と別れてすっきり、これから好きな北と仲良くできればよかろう。できればだけど。
日本製品の不買運動、日本の旅行も取り止めて、きっとせいせいしたに違いない。

私たちも、縁が切れてやっとすっきりした。
今までは、あちらの文句があれば金も払い、足らないと言われまた払い、工業技術も教え、観光旅行も来させろと言えば大量に客を送り、言われるままに尽くしてきたのだから。

だが、今回の破棄が本来の姿、両国の関係を解りやすくした姿である。
今までが、日本がなだめて賺してきたのが馬鹿らしい。
軍事情報包括保護協定が破棄されれば、もはや味方ではない。
敵国だという事である。

ああ、スッキリした。

風邪をひいたブルちゃん
2019/08/19

黒猫のブルが何となく私について離れないので抱き上げたら、なんだか熱がある。
「お母さん、何か熱があるようですよ」
「どれどれ、ウンちょっと熱いかね」
「うん」
「では」
といきなり冷蔵庫の冷凍室から冷凍パックを取り出して、猫の頭の上にポンと置いた。
そのまま、しばらくじっとしていた。

サルれるがままのブルであった。


8月と言えば戦争
2019/08/18

8月と言えば戦争、ちょっとは戦争に関する話も。

やれ平和、やれ反戦も良いけれど、ちょっと思いついた事がある。
それは、かつて兵隊さん達は大人気だったのに、何故、戦後の自衛隊員は影に隠れてしまったような存在なのであろうか?
まず、私の母に聞いた話から進めると、当時、母もファンレターのようなものを入れた「慰問袋」や「千人針」などを特定の人でもないのに送っていた程なのである。
「出征兵士の見送り」も忘れられない光景だという。
母なども「銃後の女性」として責任感を熱く持っていた話を時々、思い出す様に語っていた。
ついでに、テレビで被害者として出てくる御婆さん達を見ながら「良いよなあ、私なんか千人針を送ったりしたのだから、被害者面はできない」という話であった。
言って見れば、それほど兵隊さんたちは、国民に親しまれていたのである。

それが片や戦後の自衛隊の隊員。
書こうと思い、ネットで不人気ぶりを探していたら、こんな記述を見つけてしまった。私が書くよりよほど良い表現なので、そのままコピーした。書いた方は「hai********さん」という方らしい。
「世間一般の社会的地位や認知度が低いのも不人気な理由の一つ。武装放棄後「戦う事は悪」「軍隊は悪」と言うイメージが定着し、教育現場でも日教組が幅を利かせ、自衛隊そのものの存在を悪く言い続けて来た。
憲法でも「軍隊を持たず/戦争武装放棄」とあるのにも関わらず存在する自衛隊の所存を明確にせず、事あるごとに暗黒部隊のように取り扱い、自衛隊員には発言させず、自衛隊ならず「自閉隊」のように扱ってきました。
その為、隊員そのものが、己が自衛隊であることを周りに隠し、誇りを失っている人も多く、それがまた人気でない理由の一つである。」

上記、そのまんまである。ただ、幸か不幸か東日本大震災における自衛隊の活躍は、左翼マスコミと言えど、隠すことが出来ず画面にこれでもかと登場する事となり、国民の意識が大きく変わったのである。
ただ、自衛隊もまず、発言しなければいけない。
もっと存在を示すアクションを取らないと、これからの社会存在の意味も無くなってしまう。
政治家は己の都合でどんどん表現を変えて行くから。

言い方は変わっても、実は同じ軍隊である。
千人針は要らないけれど、せめて無視はしないで...。

RENATO SELLANI “UN PIANOFORTE PER DUE INNAMORATI”
2019/08/17

RENATO SELLANI “UN PIANOFORTE PER DUE INNAMORATI” SCEMA

超レア・オリジナルのJUKE BOX盤はまずお目にかかる事のない幻の名盤。
仕方がないので再発盤で聴いてみた。

個人的にオリジナル盤は持っているのだが、ジャケは破れていて盤も傷があるので、せっかくだから売らない事にして傷盤ながら愛聴盤として今に至る。
イタリアの代表選手レナート・セラーニとアゾリーニなど3人の名手の揃った、この長いタイトルは「恋する2人の為のピアノ」というのだから、決してジャズの作品として世に問うたものではないのかもしれない。
しかし、隠しても隠し切れない音楽環境の育ちの良さというのか、才能というのか、短い曲ばかりなのに、これほど聴く人の心を打つ作品も珍しい。
勿論ピアノトリオにおける音質は演奏以上に重要なのであって、まさに、しっかりしていながら柔らかいという、三拍子そろった素晴らしさ。

3曲目のLes Feuilles Mortes(枯葉)は、フランス語の枯葉の歌詞が、そのまま聞こえて来そうな気がして、耳を澄ませると「Les feuilles mortes se ramassent à la pelle........」と、最近もジャズで取り上げる事の多い曲であるが、最近演奏されたものは本家の曲の感じが出たものはあまりお目にかかれることは無くなった、そうだジャズでは、Autumn Leavesだったな。
しかし、良い演奏である。
次の曲の「Sulle onde del Danubio」、邦題は「ドナウ川のさざ波」という。
私はあまり好きな曲ではないが、3拍子の原曲をセラーニは4拍子にして上手く演っている。でも時々、演奏家達は拍子を変えているものだから。此の事はどうという事もない。
朝食の後、聴いていたら家内がやって来て「このドナウ川のさざ波、素敵な演奏ね」といいながら、この人のようにピアノを弾いて見ると言い出して、鍵盤に向かっていたのだが、やがて「黒鍵ばかりで、とても難しい」と感心した面持ちで帰って来た。
いとも簡単に、しかも親しみ易く演奏するのは大変なことだ。しかもだ、私のように嫌いだという人にも好きにさせるような演奏はそうそう出来るものではない。

以前、店で仕入部長がオリジナル盤を試聴していた時に、あまりの良さに「これ何?ピアノはだれ?」と、怒鳴ってしまったら、ジャケットを見せてくれたので、ああ、これだったか、と納得したのである。
音はピンと張りつめて、そこにピアノの豪華な響きがあり、曲の哀愁も出て驚いた。

さて前置きが長くなったが、再発の盤だが、元来のテープの音質が良いせいで、当然、再発といえど出来上がったレコードは音質が良いのが当たり前である。
レーベルはSCHEMA(スケマ)というミラノの、現地ではちょっと反社の噂のある会社である。
あくまで噂ではあるが、従って、褒め過ぎたりしないようにする。

ALEXANDER VON SCHLIPPENBACH “GLOBE UNITY”
2019/08/16

ALEXANDER VON SCHLIPPENBACH “GLOBE UNITY” SABA SB15109 GERMANY

ピンク・ラベルのオリジナル盤の落ち着いた音質で聴いたのは久しぶりの事である。
この芸術的なジャケットの絵画と音楽を繋ぎ合わせて、聴く喜びを大いに味わった。

シュリッペンバッハは1966年の秋、ベルリン・ジャズ・フェスティバルに置いて大成功を収めた曲のタイトルがグローブ・ユニティという。
それを12月、スタジオでアルバム録音したものである。
以後シュリッペンバッハはヨーロッパ・フリー・ジャズの先端を行く音楽家として今に至る。
60年代はフリージャズ運動の激動の時期で、次々と活躍の場が広がり、レーベルなども起きた。その時期の代表的作品・人・レーベルを少々挙げる。
JCOA Communication Fontana 1965
Han Bennink New Acoustic Duo icp 001 1967
Peter Brotzmann Octet "Machine Gun"1968
Mnfred Schoof Europian Echoes FMP 001 1969
Derek Bailey"The Topograpy of The Lungs" Incus 1970
と言った、いわば政治革命の如く、ジャズにおける革命運動、まあどちらもアナキズムであるのだが、前衛という言葉にすべては委ねられ、フリージャズという新ジャンルが産まれ、猛スピードで増殖して行ったのである。
その中にあって、このグロ−ブ・ユニティーは以後、オーケストラの名称ともなり、前衛ジャズにおける中心的存在として活躍する。

先日、友人が来店し、人生の中でどのコンサートが一番良かったかという話になった時、彼はすかさず「それはグローブ・ユニティー・オーケストラであった」と即答したので、間違いないと賛同し、我々店の人間も大いに感心したのである。
確かに、ここのグループの音楽は前衛ジャズでも、飽きさせる事無くフリージャズの信者で無くとも、あっという間に聴き終わった記憶がある。

それもそのはず最高のメンバーがずらりと揃った、マンフレッド・ショフ、ブロッツマン、デュデック、ブロイカー、ハンペル、コワルド、そしてシュリッペンバッハなど正にオールスター・チームである。
良くぞ束ねたものである。

音楽はただ、ギャーギャーとサウンドが流れているわけでは無く、サウンドが絶えず動き、制止し、高く、低く、強く、弱く、集まったサウンドが一瞬のうちに散って行き一体どこまで破壊するのかと思うとまたすーっと集まって来る。といった音の動きの面白さも大きい。
あえて一言でこの作品を申すならば「格式高い」演奏であると言いたい。

芸術だの前衛だのとのたまわっている信者の言葉はその内にまた聴くとして、まずは音の動きの面白さを大いに楽しんで頂きたい。
本当はそれと同時に行われていたパフォ−マンスも面白いのだが、レコードで想像していただきたい。

それからウンチクを傾けたら良かろう。
まずは聴くべし。

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