HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄
2019/08/21

韓国が、軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄だと。
韓国もやるもんだね。良いんじゃないか、すでに、竹島も取ったし、先日もレーダー照射事件もあって、日本を敵視していることは明白。
韓国としては、嫌いな日本と別れてすっきり、これから好きな北と仲良くできればよかろう。できればだけど。
日本製品の不買運動、日本の旅行も取り止めて、きっとせいせいしたに違いない。

私たちも、縁が切れてやっとすっきりした。
今までは、あちらの文句があれば金も払い、足らないと言われまた払い、工業技術も教え、観光旅行も来させろと言えば大量に客を送り、言われるままに尽くしてきたのだから。

だが、今回の破棄が本来の姿、両国の関係を解りやすくした姿である。
今までが、日本がなだめて賺してきたのが馬鹿らしい。
軍事情報包括保護協定が破棄されれば、もはや味方ではない。
敵国だという事である。

ああ、スッキリした。

風邪をひいたブルちゃん
2019/08/19

黒猫のブルが何となく私について離れないので抱き上げたら、なんだか熱がある。
「お母さん、何か熱があるようですよ」
「どれどれ、ウンちょっと熱いかね」
「うん」
「では」
といきなり冷蔵庫の冷凍室から冷凍パックを取り出して、猫の頭の上にポンと置いた。
そのまま、しばらくじっとしていた。

サルれるがままのブルであった。


8月と言えば戦争
2019/08/18

8月と言えば戦争、ちょっとは戦争に関する話も。

やれ平和、やれ反戦も良いけれど、ちょっと思いついた事がある。
それは、かつて兵隊さん達は大人気だったのに、何故、戦後の自衛隊員は影に隠れてしまったような存在なのであろうか?
まず、私の母に聞いた話から進めると、当時、母もファンレターのようなものを入れた「慰問袋」や「千人針」などを特定の人でもないのに送っていた程なのである。
「出征兵士の見送り」も忘れられない光景だという。
母なども「銃後の女性」として責任感を熱く持っていた話を時々、思い出す様に語っていた。
ついでに、テレビで被害者として出てくる御婆さん達を見ながら「良いよなあ、私なんか千人針を送ったりしたのだから、被害者面はできない」という話であった。
言って見れば、それほど兵隊さんたちは、国民に親しまれていたのである。

それが片や戦後の自衛隊の隊員。
書こうと思い、ネットで不人気ぶりを探していたら、こんな記述を見つけてしまった。私が書くよりよほど良い表現なので、そのままコピーした。書いた方は「hai********さん」という方らしい。
「世間一般の社会的地位や認知度が低いのも不人気な理由の一つ。武装放棄後「戦う事は悪」「軍隊は悪」と言うイメージが定着し、教育現場でも日教組が幅を利かせ、自衛隊そのものの存在を悪く言い続けて来た。
憲法でも「軍隊を持たず/戦争武装放棄」とあるのにも関わらず存在する自衛隊の所存を明確にせず、事あるごとに暗黒部隊のように取り扱い、自衛隊員には発言させず、自衛隊ならず「自閉隊」のように扱ってきました。
その為、隊員そのものが、己が自衛隊であることを周りに隠し、誇りを失っている人も多く、それがまた人気でない理由の一つである。」

上記、そのまんまである。ただ、幸か不幸か東日本大震災における自衛隊の活躍は、左翼マスコミと言えど、隠すことが出来ず画面にこれでもかと登場する事となり、国民の意識が大きく変わったのである。
ただ、自衛隊もまず、発言しなければいけない。
もっと存在を示すアクションを取らないと、これからの社会存在の意味も無くなってしまう。
政治家は己の都合でどんどん表現を変えて行くから。

言い方は変わっても、実は同じ軍隊である。
千人針は要らないけれど、せめて無視はしないで...。

RENATO SELLANI “UN PIANOFORTE PER DUE INNAMORATI”
2019/08/17

RENATO SELLANI “UN PIANOFORTE PER DUE INNAMORATI” SCEMA

超レア・オリジナルのJUKE BOX盤はまずお目にかかる事のない幻の名盤。
仕方がないので再発盤で聴いてみた。

個人的にオリジナル盤は持っているのだが、ジャケは破れていて盤も傷があるので、せっかくだから売らない事にして傷盤ながら愛聴盤として今に至る。
イタリアの代表選手レナート・セラーニとアゾリーニなど3人の名手の揃った、この長いタイトルは「恋する2人の為のピアノ」というのだから、決してジャズの作品として世に問うたものではないのかもしれない。
しかし、隠しても隠し切れない音楽環境の育ちの良さというのか、才能というのか、短い曲ばかりなのに、これほど聴く人の心を打つ作品も珍しい。
勿論ピアノトリオにおける音質は演奏以上に重要なのであって、まさに、しっかりしていながら柔らかいという、三拍子そろった素晴らしさ。

3曲目のLes Feuilles Mortes(枯葉)は、フランス語の枯葉の歌詞が、そのまま聞こえて来そうな気がして、耳を澄ませると「Les feuilles mortes se ramassent à la pelle........」と、最近もジャズで取り上げる事の多い曲であるが、最近演奏されたものは本家の曲の感じが出たものはあまりお目にかかれることは無くなった、そうだジャズでは、Autumn Leavesだったな。
しかし、良い演奏である。
次の曲の「Sulle onde del Danubio」、邦題は「ドナウ川のさざ波」という。
私はあまり好きな曲ではないが、3拍子の原曲をセラーニは4拍子にして上手く演っている。でも時々、演奏家達は拍子を変えているものだから。此の事はどうという事もない。
朝食の後、聴いていたら家内がやって来て「このドナウ川のさざ波、素敵な演奏ね」といいながら、この人のようにピアノを弾いて見ると言い出して、鍵盤に向かっていたのだが、やがて「黒鍵ばかりで、とても難しい」と感心した面持ちで帰って来た。
いとも簡単に、しかも親しみ易く演奏するのは大変なことだ。しかもだ、私のように嫌いだという人にも好きにさせるような演奏はそうそう出来るものではない。

以前、店で仕入部長がオリジナル盤を試聴していた時に、あまりの良さに「これ何?ピアノはだれ?」と、怒鳴ってしまったら、ジャケットを見せてくれたので、ああ、これだったか、と納得したのである。
音はピンと張りつめて、そこにピアノの豪華な響きがあり、曲の哀愁も出て驚いた。

さて前置きが長くなったが、再発の盤だが、元来のテープの音質が良いせいで、当然、再発といえど出来上がったレコードは音質が良いのが当たり前である。
レーベルはSCHEMA(スケマ)というミラノの、現地ではちょっと反社の噂のある会社である。
あくまで噂ではあるが、従って、褒め過ぎたりしないようにする。

ALEXANDER VON SCHLIPPENBACH “GLOBE UNITY”
2019/08/16

ALEXANDER VON SCHLIPPENBACH “GLOBE UNITY” SABA SB15109 GERMANY

ピンク・ラベルのオリジナル盤の落ち着いた音質で聴いたのは久しぶりの事である。
この芸術的なジャケットの絵画と音楽を繋ぎ合わせて、聴く喜びを大いに味わった。

シュリッペンバッハは1966年の秋、ベルリン・ジャズ・フェスティバルに置いて大成功を収めた曲のタイトルがグローブ・ユニティという。
それを12月、スタジオでアルバム録音したものである。
以後シュリッペンバッハはヨーロッパ・フリー・ジャズの先端を行く音楽家として今に至る。
60年代はフリージャズ運動の激動の時期で、次々と活躍の場が広がり、レーベルなども起きた。その時期の代表的作品・人・レーベルを少々挙げる。
JCOA Communication Fontana 1965
Han Bennink New Acoustic Duo icp 001 1967
Peter Brotzmann Octet "Machine Gun"1968
Mnfred Schoof Europian Echoes FMP 001 1969
Derek Bailey"The Topograpy of The Lungs" Incus 1970
と言った、いわば政治革命の如く、ジャズにおける革命運動、まあどちらもアナキズムであるのだが、前衛という言葉にすべては委ねられ、フリージャズという新ジャンルが産まれ、猛スピードで増殖して行ったのである。
その中にあって、このグロ−ブ・ユニティーは以後、オーケストラの名称ともなり、前衛ジャズにおける中心的存在として活躍する。

先日、友人が来店し、人生の中でどのコンサートが一番良かったかという話になった時、彼はすかさず「それはグローブ・ユニティー・オーケストラであった」と即答したので、間違いないと賛同し、我々店の人間も大いに感心したのである。
確かに、ここのグループの音楽は前衛ジャズでも、飽きさせる事無くフリージャズの信者で無くとも、あっという間に聴き終わった記憶がある。

それもそのはず最高のメンバーがずらりと揃った、マンフレッド・ショフ、ブロッツマン、デュデック、ブロイカー、ハンペル、コワルド、そしてシュリッペンバッハなど正にオールスター・チームである。
良くぞ束ねたものである。

音楽はただ、ギャーギャーとサウンドが流れているわけでは無く、サウンドが絶えず動き、制止し、高く、低く、強く、弱く、集まったサウンドが一瞬のうちに散って行き一体どこまで破壊するのかと思うとまたすーっと集まって来る。といった音の動きの面白さも大きい。
あえて一言でこの作品を申すならば「格式高い」演奏であると言いたい。

芸術だの前衛だのとのたまわっている信者の言葉はその内にまた聴くとして、まずは音の動きの面白さを大いに楽しんで頂きたい。
本当はそれと同時に行われていたパフォ−マンスも面白いのだが、レコードで想像していただきたい。

それからウンチクを傾けたら良かろう。
まずは聴くべし。

ドラマ水戸黄門
2019/08/11

いつの時期のドラマか、分からないのだが、最近CSでやり始めている「水戸黄門」続編。
それがなんと黄門様をやっているのが武田鉄矢。
いやいや、言っちゃいけないんだけど 似合わない事。
もう副将軍という感じではなく、汚らしい近所のジジイ。

それに御付きの助さん格さん、それに佐助の品の無さ。なんだか悪者にしか見えなくて、見ていて話がこんがらがってしまったよ。

平教員の金八先生の役の時は良い感じだったけれど、格式高い徳川の副将軍ともなると、一応はちょっと品の良い所も見せないといけない。
いくら、ちりめん問屋の隠居に化けているとは言え、そこはかとなく漂ってくるものが無いとね。

セリフも軽すぎて、学校の芝居になってしまう。


しかしだ、最近の役者がなぜ時代劇に向かないのか。
画面を見ていて思うのだが、いつもいっている事だけど、体つきが違う事はもちろんの事、なにより「肩の線」が違う。
どうしようもない。

演技も目の演技じゃなくて、表情をあまり作らないで、背中で見せないとね。
ほんとにどうしようもない。

しかし、一番悪いのはNHKだね。
おい!NHKどうしてくれるんだ。
金ばっか取りやがって、こういうのをぼったくりというんだ。


なんで、水戸黄門から話がNHKにいくんだろうね?

昔の名前
2019/08/09

昔の名前、だからと言って小林旭の話ではない。

朝食を食べながらテレビを見ていたのだが、CMやら芸能ニュースなどで出て来たタレントの名前が思い出せない。
私が「この人誰?」と訊くと、家内は「ほらあの人。ほら...」というばかり。
3人ほども続いて結局誰の名前も分からなかった。

その後、1時間ほどしてCSを見ていて古い時代劇で「あ、この人誰だっけ?」
「あ、この人はね、三ツ矢歌子」
私は大爆笑・感心の繰り返し。
「三ツ矢歌子の名前が良く出るね」と本当に感心してしまった。



「深田恭子」の名前が出たのは、その日の昼過ぎの事であった。

フランスの義兄
2019/08/08

今日は今頃フランスに住んでいる義兄の葬儀をやっているはずである。
急な事でもあり私のパスポートも切れ、また体調不良の事もあり、参列出来なかった。
こんな時に姉の傍にいてやりたかったが申し訳ない気持ちでいっぱいである、実に残念である。

姉夫婦は昭和43年前後、夫婦してフランスに渡りそのまま生活の場も移し今に至る。
その間、実に裸一貫、誰の助けも請わず夫婦だけで乗り切ってきた。
通常であれば海外に住んでいる家族には、まして芸術家ともなれば相当な援助をして然るべきものであるが、我が家も貧乏のドン底でもあり、いかんともし難かった。
それだけに夫婦の愛情は深く、生き残った方が、異国での孤独の中に残されるのを心配して「死ぬときは一緒に」が合言葉であったのに、一人残って寂しいと電話口で泣いている姉が憐れでならない。
これから異国の地でどれほど悲しみ暮れるのか。

義兄の名前は「岸田克二」という。赤羽のパン屋の次男で勉強は結構出来たらしい。
早稲田大学に進むも芸術への道は捨てがたく、1・2年後に退学し、武蔵野美術大学に転身してしまった。
夫婦はそれからの付き合いである。
克二は在学中から展覧会ではずば抜けた成績であり、卒業時にユーゴースラビアからの招待で作品制作に出かけた後パリに行き、なんとかいう試験を受けフランス文化庁から天井の高さ4メールほどのアトリエを市内に頂き、生涯の制作と居住としての場所としても安心を得た。
その後は前衛彫刻家として作品造りに没頭するも、ただ前衛作品が日本社会には受けないだろうとフランスに拘り続け、死ぬ前年まで制作活動を続けた。
フランスでは叙勲もしたが日本ではほぼ無名である。

彼の芸術家としての「縁」というか、その道への引きというのか、海城中学の時の担任の先生が、何と後の前衛絵画の大物の利根山 光人(とねやま こうじん)で、すでに中学の頃に先生の展覧会に行ったりして芸術に憧れていた。
また武蔵美では彫刻を学んだのだが、その時の先生が清水 多嘉示(しみず たかし)である。

いつだったか帰朝の際、我が家に来て、居間に飾った清水の作品「みどりのリズム」や、利根山光人の絵を見て、何と言う因縁かと驚いていた。

今日は、せめて私はリビングに作品を飾り冥福を祈りたい。
落ち着いたら墓参りに行くから。


鉄の彫刻作品二つ、      90年の時の絵画、

今日は一人で
2019/08/06

今日は一人で店番。
ここのところの暑さなどと疲れが溜まって、オジサンは居眠り状態。
仕方なしに、ちょっとだけ店を閉めて、下のイレブンピーエム(11pm)じゃなくて、何だっけそうだ、セブン・イレブンにコーヒーを買いに行き、ついでに「でん六」という会社のピーナツチョコを買って、いい気分。

毎日休みたいなあ。
日記にもジャズのレコードの事を書きたいんだけど、大概のレコードに関する話は今までに1,300枚分くらい書いた、従って、余程書き足したい事でも無ければ、たとえ文章が下手だとしても今更書くことも無い。

何か書こうとすると、恥じさらしな日記は止めてくれと、家内に言われてしまう。
どうも、上手くないナア。

朝のテレビ・ニュースで
2019/08/05

「あいちトリエンナーレ2019」の展示が従軍慰安婦像が混じっていたなど、抗議が来たとの事で中止になったと。

では、どんな作品が展示されていたのかと、ちょっとネットを探してみたら、なるほど反日作品のオンパレード。
それは大変だったろう。

それで作品群を眺めると俳句というのがあって、その俳句が展覧会に展示されているからには、大層立派なのかと見てみた。

作品名 :9条俳句
形態 : 俳句
内容 : 憲法9条

 梅雨空に『9条守れ』の 女性デモ


いや、あまりの出来の良さにオジサン声を失ったよ。
いかにも素人の作品の,これが展覧会に飾られるんだね。審査ってないの?
それなりの芸術作品の展示会でしょ?見た人はどう思ったのであろうか。
だから、抗議したんじゃなかろうか?
因みに作者は不明であった。
いやはや。

ところで、表現の不自由とはどうも、川向こうの国などの反日運動をもっとやりたいと言いたいらしいのだが、今でも反日運動は新聞・tvで十分にやられているけれど、まだ足らないんだね。

表現というから映倫や言葉の足かせの方をもっと自由にしろというのかと思ったよ。
そっちはあまり不自由じゃないみたいだね。
不思議。

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