HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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庭の花
2018/05/15

ずっと前から書こうと思いつつ、ついそのままになっていて、今朝 家の塀の下を見たら、もう消えかかっていた。
ここ2・3日、暑くなったせいであろうか?

その花の名前は「母子草(ハハコグサ)」
なんだか、良い名前である。
日本各地の道端にたくさん生えている20〜30センチの草で春から初夏にかけて黄色の冠毛のある花である。

名前の由来は牧野富太郎は毛がほうけ立っているので、ホウケ草から転じてハハコグサになったとしている。
それに対して猛烈に反論している深津正という先生の本もあり、ここに書き写そうかと思ったものの、中国故事の話やら漢字やら長い引用が多く、だんだん面倒くさくなってウンザリしてしまい、書くことはやめた。
母子というロマチックな話から遠のいてしまうのも、面白くないものである。

私は道端にそっと咲く「母子草」の名前で良か。


  さみしさや 路地の奥なる 母子草


風ふくや 路地の奥の 母子草


  かあちゃんと 呼んでみたのは 母子草



庭の花
2018/05/14

庭の草むしりをしていて、ふと見るとグミの赤い実が成っている。
今まで当たり前のように見ていたがふと疑問が。

私が子供のころから知っている赤い実の あの酸っぱいグミの実は秋に成っていたものだが、これはひょっとして早生なのかと考えたものの、青い実がすでに色づき始めているからには、なにかあると思い、こんな時は例の牧野植物図鑑。

するとグミでも何種類もあり今頃に赤い実をつけるのは「苗代グミ」というらしい。
名前の由来はちょうど苗代をつくる頃に熟するからであると。
なるほどね。
春は新芽が出て葉も青くなって、木や葉の成長を促す時期だけに、こんな時に実をつけるとは面白い木もあるものだ。

ナワシログミとは良い名前である。

国会で
2018/05/12

財務省の福田次官のセクハラ問題。
これも国会で大騒ぎだが、その前に、なんだかおかしな話だ。
なぜなら出所は週刊文春、そもそも、週刊誌ごときに出たからと、テレビで騒ぎ、それを受けて国会議員が大騒ぎ。
ちょっと待て、こういう事件は警察なり検察なり動いて、犯罪が証明されてから、さていかがなものかと追及するのが筋道ではないか?

麻生氏が言った、個人的にははっきりしないものを断定出来ない。
と言う通り 議員が首だ首だとはおかしな話。
左翼だけでもなく、議員もおかしいが、マスコミの頭もおかしいなあ。

名前
2018/05/10

NHKの日本人の名前という番組ではないが、名前の話。

つい先日、前の会社の同僚が韓国の旅行会社にいた方を連れて来た。
さっそく喫茶店に誘い、昔話・武勇伝になった。

それで、その方に30年間もの間,私の中にあった疑問をぶつけてみた。
その方の名前は「白土(シラツチ)」という。
私「白土という名前は韓国系のようですが、韓国系の方ですか?」
彼「いえ、名前はあちらの方の感じですが、日本人ですよ」と。
私「へー」

待ってましたとばかりに、そこから、彼の名字の由来が始まる。
出身は福岡の直方の近くだそうだ。
古くから続いた家柄で、元々の名字は「皇(コウ)」と言った。
凄い名前である。
ところがある先祖が「皇」という名字は天皇に申し訳ないという事になり、「白」と「王」の二文字に分けた。
ところがヨクヨク考えると、「王」という文字も申し訳ないという事で「土」にしたのだがそれでは意味がないので、只の土ではなく「`」を付け、「ツチ」と変えたという。(パソコンなので、ここでは書くことが出来ない)

ところが時代が変わり、現代用語になり「土」に「`」をいう字は存在しないので、単なる「土」となったのだと。
しかし、心には代々の名に対する思いはあって、筆で書くときははやり点を付けるのだそうだ。

その話に非常に感銘を受け、以来、私はちょっと変わった名字の会う人毎に、その由来を聞き質している。
という名字の話。

通販リスト更新
2018/05/09

通販リスト更新しています。

BUD POWELL "THE SCENE CHANGES"
2018/05/08

BUD POWELL "THE SCENE CHANGES" BLUE NOTE 4009 (USA)

このアルバムの内容の事ではない。
今回のこのレコード自体がモデルになったという話。

この度、テクニクスが往年の名器SP10を復活するという事になり、その宣伝の為に、オーディオ雑誌「管球王国」の表紙のモデルになった。
SP−10Rがつぃに、SL1200のに続き、多くのマニアの要望を受け、5月25日に発売になるというので、今月号(2018年春号)の宣伝の写真に使うというので、ちょうど店に入荷したTHE SCENE CHANGESがよいのではないかと言う話になり、使って頂いた。

本が出来上がって来て、見比べていると、なんとなく本と一緒に保管したくなる。
写真のこれだと思うと余計に愛着が湧く。

ART BLAKEY “A NIGHT AT BIRDLAND Vol.1”
2018/05/06

ART BLAKEY “A NIGHT AT BIRDLAND Vol.1” BLUR NOTE 1521 (USA)

10年も前に一度このアルバムの事を書いたかもしれないが、入荷した一枚を聴いて、これは書かないといけないと思った。
まあ、音質の良いアルバムであった事も一因だが、この盤に作られた音質は凄い音だと思ったからである。
この作品は1954年2月のハードバップの初の録音ではないかと言われている通り、実に強烈なジャズの現状がぎっしり詰まった実にエキサイティングなアルバムである。
当初は54年に10インチ版が3枚に分かれて発売された。
56年にヴァンゲルダーのカッティングで12インチ化され2枚に分版された。
したがって音質は若干異なる。
異なると言えど、どちらも出来の良い音質で、聴く個人によって全く好みも異なるものと思う。
10インチの方はRIAAではなさそうで、まずAESと思われるが、ずっしりとした重い音で、うまくカーブを合わせられると、迫力ある当時のジャズの音が再現される。
12インチの方は、RIAAかと思えるが、今度機会が得られればイコライザーで試してみようと思っているのだが、聴感上は高域がすっと伸びて今風なサウンドにぐっと近く、一般的なオーディオで聞かれる人には、こちらの方が楽しめると思われる。
しかし、10インチ3枚のジャケットと12インチ2枚の雰囲気は相当違っているので、コレクションの総合判断としては、何も言えない。まあ、こういう記録的・歴史的な作品は両方持つのがよろしいかと。

さて、今回の12インチVolume 1であるがこの盤のA面に、10インチのVolume1の曲順通りA面からB面までを並べ、12インチB面には10インチのB面の長い演奏のA Night in Tunisiaと10インチA面の1曲Mayrehが入る。
上手い具合に司会の入りからアート・ブレイキーの話やら、迫力の演奏の感じがそっくり収められ、さらに看板のA Night in Tinisiaが収録と文句ない作りになっている。

また、司会者からトランペット・センセーションとの紹介されるクリフォード・ブラウンの音質の凄さも伝わり、彼のハードバップの開祖としての力量、マイルスのようにクールジャズを取り入れたりせず、己は黒人ミュージシャンだと主張するかのような黒人ジャズのサウンドで心意気がひしひしと伝わってくる。
多くの後進たちのその意思を残した、彼の堂々たる個性あふれる演奏である。

さらに、アート・ブレイキーのシンバルの音が、ただのチンチンではなくコンコンと聴こえる迫力である。
スピーカーに耳を近づけ上部から下部まで移動して確認すると、なんとスコーカーから聴こえている。
凄いぞ、凄いぞと一人で興奮してしまった、こんなアルバムはなかなか無い!


いや、久しぶりに興奮した。
俺はまだ熱いぜ。

(続)Violets for Your Furs
2018/05/04

Violets for Your Furs
の続きのまた続きでしょうもない話。
三具さんから聞いた話も一緒に思い出してしまうので、別に書くことにした。

三具さんが、この歌の作者のマットデニスの合った時、質問をした。
「この歌を突く言った時に、ニューヨークの真冬にいったいパンジーがあったのか?」と。鋭い質問である。
するとマットさんはちょっと考えてこう答えたそうだ。
「はい、ありました、当時米国の航空機の発達は目覚ましく、フロリダで作られたパンジーが、航空便でどんどん入荷し、街角で売られるようになり、それが市民に大いに受けた」という話。

なんと1941年、ちょうど第二次大戦の初めの頃の話である。
航空機輸送が確立し、農業においても経済性の追求が大いに図られていたと。
航空機輸送が確立するには航空機産業の発展は言うに及ばず、その周辺部すなわち自動車産業の発展とその輸送力も確立した事になり、道路網も例のアメリカ独特のカモボコ型の走り難さはあるものの、道路舗装が完備した事になる。
更に、パンジーを植え付け収穫しそれを素早く出荷する労働力も必要になるという事は、当時の奴隷制度という安価どころではなく只同然の労働力があった事は大きいものの、それだけでなく農業機械化も進んでいた事が伺える。

これがあらゆる産業にわたって同様な進歩があったわけで、軍需産業ともなれば、さらに凄い成果が見込める事になろう。
想像すると感心してしまう。

それに比較すると日本の戦時中の話を思い出す。
当時の日本の主たる輸送機関は牛車や馬車が大きな割合を占めており、戦闘機の製造の場合も、パーツごとに作る工場は異なるわけだが、その集約する輸送は牛車であったと。
それを聞いて、もはや戦争における勝敗の行く先は見えていたのである。

昨日は憲法記念日
2018/05/04

昨日3日は 憲法発布の日とされて祝日になった。
私の誕生と同年なので同い年という事になる。
文部省の教育指導要綱にでもあったのか、小学校の頃から先生に日本の憲法は平和憲法で世界に自慢できる素晴らしいものだと言われ、ずっとその気になっていた。
しかし、日本は1945年の敗戦時から1952年の間、我々は考えないようにしていたが、アメリカの占領下にあった、すなわち植民地であったわけで、その間1947年に作られた憲法は日本独自の憲法などという事は絶対にあるはずもなく、GHQの意思の元に作らされたことに間違いない。

その憲法を守るべくあらゆる組織が守ってきたのであるが、そんな憲法がはたして独立国家たる条件を満たしているのか?
自らが憲法を作らずして、独立を果たしたといえるのか?
植民地時代の憲法で70年経った今も喜んでいるような国民は、まさに植民地の人民と言わざるを得ない。

まずは、自らの意志で国づくり。

Violets for Your Furs
2018/05/03

Violets for Your Fursの歌の続。

まあ、その....、
考えてみると、私など習慣的にパンジーと言っているけれど、あの歌の中のヴァイオレットとは西洋スミレの栽培用の事である。
我々のスミレとはいったいどういう風に異なるのかと、本棚にある重たい「牧野富太郎植物図鑑」を引っ張り出して見た。
どうもスミレの本家ともいえるのは「ミヤマスミレ」で、北半球温帯から寒帯に分布するとある。学名がViola Selkrkii Purshといい、ロビンソン・クルーソーのセルカークに因んだ説もあり、カナダの原産地はカーク卿が所有した山であったと書かれてある。

ちなみにこの話は「画文集 花の絵本 佐藤達夫」という花の絵と一緒に掲載された本の中に詳しく書かれている。

さて、どうもこの紫がイメージのもとにあるらしい。
ただ、その後の栽培はヨーロッパ原産のものと交配でできた「サンシキスミレ」が主となったと考えられるが。1941年当時にサンシキスミレがアメリカにもたくさんあったかは不明である。
ひょっとした黄色の色も花束に交じっていたのかと不思議でならない。

三具さんに、どういう色だったかと確認してもらいたいが、すでに後の祭りである。

というわけで、スミレという花が日本にはたくさんあることが分かった。
好きな人にとっては日本はスミレ王国というらしい。
スミレの語源は大工の「墨入れ」から来たとも書かれていて、その奥深さに、なんとも、オジサンはいやはや、疲れてしまったのである。

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