HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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通販リスト更新
2019/07/05

通販リスト更新いたしました。

猫の具合が...
2019/07/05

我が家の黒猫「ブル」の具合が良くない。
すでに18才、人間でいえば90才を越えていよう。

数日前までは比較的元気で、私と一緒に外の散歩もして30メートルくらいからは、紐を付けて、歩いて家まで帰って来ていたのに。

ブルは面白い猫で、私が具合が悪くなってからは、それが分かっているかのように一緒に寝ようと、昼でも誘いに来る。
ベットのところまで、先導してくれて、ベットに座ると頭で私を押して寝ろという、それで仕方無く寝るとじっと見つめてくれる。
私が寝入ってしまうと、かれは自分のハウスに戻っている。
また、綺麗好きと言うのか、トイレが掃除されていないと、ギャーと怒る。

私がステレオを聴くと、うるさい場所は身体に悪いと、じっと私の目を見て付いて来いとばかりに音の届かない部屋へ連れて行ってくれる。
何か用があると、私の目をジッーと見つめて目をそらさない。

以前は家内が二胡の練習をすると、怒って楽譜など引きちぎってしまっていたらしい。
面倒見が良いと言うのか、親分肌というのか、もう一つの猫に自分のご飯を取られても、黙って見守っている。

そんな「ブル」が寝たきりでいると、ちょっと切ない。

ジャズメンよ
2019/07/04

ジャズの評論というか、ジャズ関連の本など読むようにしている。
雑誌の中の記事とか、ネットのブログとか。

そうすると、ジャズミュージシャンだと名乗っている人も一生けん命に書かれている。
そんな記事や文章を読んでいて、ときどき、ムカッとする時がある。
要するに、「お前は、自分だって音楽家だというのなら、お前の音楽は一体何なんだ?」と反論したくなるのである。
他人の、それも死んでしまった過去のジャズメンに向かって、よくも偉そうにああだ、こうだと言えるものだと。
よくも立派な事を言えるな?

日本でジャズをやっている方々、金を取れる音楽か、どうか、もう一度己の音楽を聞くが良い。
他人の音楽などどうでも良い、己の道を究めよ。
人気など実力でもなんでもない。


風邪で
2019/07/03

風邪を引いて、3日間も休んだ。
どうも免疫が下がっているのか、イカン。

治りかけてからがいけない。
ぐずぐずしている。

そうしていたら、私の風邪が移ったのか、猫が具合悪そうにぐったりしている。
家内は一生懸命に栄養食やら体に良いと言われる猫の水やらを買いに走ったり、面倒見が良い。

私も面倒を見てもらっているのだが、猫は私の3倍は気を使ってもらっているのだから凄い。

お前が打たなきゃ誰が打つ!
2019/07/02

お前が打たなきゃ誰が打つ!

中日ドラゴンズの、誠に愛情の籠った良い応援歌であるのだが、応援団が与田監督に、「お前」とは悪い言葉使いだと指摘された。
まるで出来の悪い高校の体育の先生のようだが、それを受けた中日ドラゴンズ応援団公式ツイッターの内容は
「チームより不適切なフレーズがあるというご指摘を受け、球団と協議した結果、当面の間、自粛する」と言う事である。
こんな程度の事で、監督は応援団に文句を付けられる程エラかったんだな、初めて知った。
応援してもらっている人が、してくれる方々に文句を付けるのだから、大したもんだ。

お前が打たなきゃ誰が打つ!
分かった、名古屋だけにオミャーだったら良かったのかな?

続で、McIntoshの会社の事
2019/06/30

昨日の続き。
ところでMcIntosh社は社長がマッキントシュさんなのだが、実際の開発・運営はゴードン・ガウ氏がやっていた。あのガラスパネルの緑に青と赤の点灯した「空港」をイメージしたデザインを考えた人である。
ある夜、飛行機が着陸した時、その光に感激し、空港においてなぜ青の色が良いのか、赤い点灯はどういう意味があるかとか等と大学の研究室に頼んで調査もしたということである。
流石アメリカ、国中に膨大な数の空港があって、その空港が身近だからこその発想であったのだ。
人によってはニューヨークの夜のイメージだという話もあるが、正にその通りで、孤独なニューヨークの夜にふさわしい。
さて1947年に事業が10人で始まったのだが、30年後600人になった時も、ほとんどの社員がそのまま残っていたという、アメリカには珍しい企業でもあった。
また製造に関して下請けなど使わず全てのパーツも自社製造であり、組立てもほぼ一人で作られたらしい。
工業デザイナーという人たちは沢山いるが、アンプの設計、製造、音決め、デザインと一人でこなし、しかも世界をリードしたアンプを作った人は珍しい。
もう一つ、ガラスに塗装すると言う事の精密さは大変困難な仕事であることを
付け加えたい、なぜなら、光が裏から当たると、極小さな穴から光が漏れるから。

もう一つ、ガウ氏は、波形の良くないアンプでも良い音のアンプがある事を確信していて、音楽を聴くという行為で製品化することを重要視していたという。

その後の日本のアンプいやオーディオ界が数字ありき、波形ありきのデーター重視のオーディオ製品を有難がっていたのとは違うのである。
オーディオ初期において、海外の耳で作られたアンプが、数字だけで作られた日本のアンプの何倍も音が良いのは何故かと、私も思っていたのだが、極論ではあるが、あながち間違いでもない。
私は日本人が、神経質な音がそんなに好きなのかと今でも信じられないのである。
モトエ。

さて、そんな決定的ないかにもマッキントシュらしいアンプ、C-22というのだが1963年に生まれ、その後の同社のイメージの元になっているのである。

そのC−22が我が家に来た時、リビング・ルームに置いた時、家内が「素敵ね」と言ってくれた時、オーディオの買い物はこんなに楽しいものかと思ったものだ。
275なども「素敵ね」と言う言葉はあったが、それ以外のオーディオ機器には「大きいね」としか言わない。

ところで昔、菅野さんの記事でマッキントシュの会社を訪れた時、車の中からガウ氏がある木を指さして「マッキントシュアップル」と教えてくれた。
別に関係は無いらしい。
しかし、その後のパソコンのアップルの繁栄を見ると、不思議な気持ちになる



そんな会社も会社売買を重ね、今は人も変わった。
栄枯盛衰は人の世のならい。

McIntosh プリアンプ C-8
2019/06/29

私の愛用のプリアンプの一つに McIntosh のC-8がある。
1955年発売で当然モノラル・アンプである。現代、使用する為には左右2台が必要で、しかも古いアンプの左右の特性を揃えねばならず、使いものになる物は入手困難である。
しかし、そこはそれ蛇の道は蛇という通り、探し出してもらって、それをあたかも最初から一つであったかのような顔つきの一つの箱に収めてある。

C−8は当時のオーディオマニア用のオーディオ・コンペンセーターと呼ばれるプリアンプで、RIAAカーブに統一される以前の各社バラバラのカーブが再現可能なアンプである。パネルに取り付けられたスイッチをいじれば、何しろ1000通りの組合せでカーブが作れる。
入手の事だが今となっては人気もなく価格も意外に安い、まあ買いたい人も少ないのだろう。だが先に申した通り2台揃える事は難しいがモノで使うなら良いかもしれない。

その前の1954年に発売されたC-4はNAB、AES、COLUMBIA等、主だったカーブを持っていて、使いやすいのが特徴であるが、たった1年後に発売されたC-8ときたら、印刷された表を見ないと、スイッチの位置が解らないという、超マニアックなアンプなのである。
しかも自分で電源を持っていないという厄介な構造で、当時の相方のパワーアンプMC−30などから専用ケーブルで引張って来るというものであった。

ところで、C-8はまだパネルは手作り感があって(写真参照)、例の同社のアンプの夜のイメージはない。
残念ながらそうなるには、まだ8年の歳月を待たねばならない。
しかし、パネルの筆記体、例えばConpensatorなどと書かれているのは、同社の創立から開発・製造・デザインなど中心になってまとめてきたゴードン・ガウ氏の手書きによるもだそうだ。

それだけでも嬉しいのよ、マニアとしてはね

松田聖子
2019/06/27

風邪なので外出もできず、家で何となく歌謡曲のEPを聴いていた。
天地真理の「恋する夏の日」とか、岩崎宏美の「ロマンス」とか、荒井由美のEPとか。石田あゆみの「あなたならどうする」は時々聴いているのよ、だって昔、渋谷の喫茶店の入り口で石田あゆみさんに出くわして、「おはよう」って挨拶したらにっこり笑って「おはよう」って言ってくれたから、それ以来ファンなのよ。
でも最近ちょっと痩せすぎで心配していたんだけど、どうなったのかしら。と、それはオイトイテ。

それで、松田聖子のEPが結構あるものだと数えてみたら5枚あったので、端から聴いた。
いやあ、良かった。松田聖子ってこんなに良かったのかと驚いたのよ。
感心しちゃった。
彼女は凄い、だって、彼女の声は高いし、透き通っているし、バカっぽくない、確かに当時の「ぶりっ子」風ではあるが、元々アメリカの60年代POPSだって相当なぶりっこなんだから、むしろ褒められたものだ。
声が明るいのにちょっと寂しそうな、微妙な表現がすごくうまいし、不思議な才能の声で「白いパラソル」「風は秋色」と来て「青い珊瑚礁」を聴いて嬉しくなってしまった。
何より声が強い。
それで、次に「風立ちぬ」を聴いて「今日から私は心の旅人....」となると歌詩も曲も良いのだけれど、それより、歌手としての彼女の才能があって初めてこの歌は生命力を得たんだなあ、としみじみ感心した。

以前、去年の紅白歌合戦で高い声が出てなかったので、驚いたと書いてしまったので、悪いなあと思っていた。
いや良いんだよ、いくつになっても自分の歌える範囲内で頑張っていて欲しいものだ。
歌手は年齢を重ねてこその味わいが良いものだから。
彼女が70才になったら余計元祖ぶりっ子になってやって欲しいものだ。
見てみたいなあ、彼女の七十のぶりっ子。

いや、風邪を引いて家にいるのも悪くないなあ。

頭がボケた
2019/06/22

修理から帰って来たカートリッジのバリレラをセットして、音が出ない。

知り合いに「音が出ないんだけど」。
そうしたら、「バリレラにトランス通したでしょ」
「ありゃ、本当だ、私とした事が恥ずかしい」
「何を、してるの」
「トホホ」
という事であった。
2か月前まで、やや不調ながら普通に使用していた物なのに。
去年、病気してから、頭の中の細胞が半分くらい死んでしまったようだ。

そういえば、ちょっと前も、ここのビルの夜間用の4桁の数字を忘れてしまって入れなくなったのよ。
これはもうだめだな。
ジイジは猫を相手に遊んでいるくらいが丁度良いのかね。




WYNTON KELLY “WYNTON KELLY”
2019/06/21

WYNTON KELLY “WYNTON KELLY” VEE JAY LP3022 (USA)
Mono

入荷したこのアルバムを聴いていて、「枯葉」を聴き終わったあと、妙に感心してしまった。
彼は凄いジャズ・ピアニストであったと。
この「枯葉」はしっかりとしており結構テンポも良い、スイング感も良し、ジャズらしさがグッと出てくる。
しかも「枯葉」の哀愁も失われていない。
しっかりとジャズであるところが素晴らしい。
Milestoneレーベルの枯葉と比べたくなってしまうが、今日のところは無いので、次回という事にする。
この時の録音は61年7月20日、ベースがPAUL CHAMBERSである。
なぜかテイクが4つもあって、このアルバムに入れられなかったものが、その後日本のレコード会社から枯葉としてであったり、EPとして発売されていた。
それは、まあ死蔵するには余程勿体ないものであったのであろう。

さて、この頃、彼はVEEJAYレーベルに3枚残している。
1959年8月のKELLY GREAT
1960年4月のAT MIDNITE
そして当作品で、これら3枚はどれも、いかにも立派なジャズのジャズたる作品である。
なによりも気持ちの良い、ノリの良い作品なのである。
当時のどちらかと言えば、暗くて元気のあるジャズの演奏の中にあって、明るさがある。
活気に満ちていて輝きのあるピアノである。
それでいて、ちゃんと哀愁も感じさせる、こういう味は、これはもう才能であって、やろうとしても出来ない物なのである。

ここ最近のピアニスト達の、ジャズとも言えない、いやジャズ風というか、あたかもヤマハのコンクールで優勝しました、かのようなピアノに比べると、ジャズとしての最も重要な点「味わい」に雲泥の差があるのである。
それはオイトイテ。
この録音の少し前、1959年3月、マイルスのKind of blueの録音でわずか1曲のみFreddie Freeloaderの参加に留まる悲しさであるが、それでも悔しさにぐっと堪え、VEEJAYでの録音で己の味わいを十分に尽くしたところは立派である。
ウィントン・ケリーの作品はジャズファンならぜひ聴いておいて頂きたい。

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