HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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家のカエル君
2021/08/08

朝、猫を抱いて外に出て見ると、門の外でカエルが車に轢かれて死んでいた。多分、我が家に住み着いたカエルであった。
夜、大雨が降ったので、つい道路に飛び出したものと思われる。

数か月前から玄関脇に住み着いているカエル君は、いつも植木鉢の辺りに2匹いたのだが、今朝からは一人ボッチになってしまった。

家内が死んだカエルをどうしようかと言っているので、私は「ほっといて良い、その内にカラスが来て、後片付けをしてくれる、ここでもチベットと同じで鳥葬だから」と言ったものの、30分後に見に行ったら、ちょうどカラスが咥えて電柱に舞い上がった所であった。

チリ取りに掃いて捨てる等という野蛮な事をしなくて済んだ。
これこそ自然の葬儀、有難い事であった。

広島 原爆投下された日
2021/08/06

義父、唐沢勲が原爆に遭った事は以前、日記に書いたが、どうもはっきりしないところがあり、これは何とかならないかと思っていた所、義父が書いた記録が見つかったので、記しておこうと思う。

私は昭和19年7月、広島鉄道局、総務部長として赴任した。
昭和20年に入り戦況は益々悪化し、物資はいよいよ欠乏してきた。防火訓練、学徒動員が行われ婦人・子供の強制疎開が始まり、私も家内と3人の子供を中国山地の大朝部落の民家に疎開させ、自分ひとりで守衛夫妻の世話になることになった。
空襲は日増しに激しくなり、呉の軍港施設が艦載機の波状攻撃を受ける様子を宇品の防空壕の入り口に立ってまざまざと遠望しながら、いつこちらが空襲の目標になるのかと暗然たる事もあった。
戦況は明らかに悪く見え、どんな形に敗戦が展開していくか見当もつかないが覚悟はした。

8月6日は朝から晴れ上がり、暑い一日は始まろうとしていた。
いつもなら宇品へ向かって登庁する8時だが、その日、駅に会議があり私は白島の官舎の縁側で、ワイシャツ姿でその日の資料に目を通していた。
その時、空襲警報ではなく警戒警報がなり.敵機が一機空中を旋回していると報じていたが、間もなくその警報も解除になった。
そしてその解除の直後、空中にピカッと稲妻の如き閃光を感じ、次の瞬間、砂を左顔面に打ちつけられたような刺激を感じた。
ガラガラと物の崩れる音と同時にあたりが急に暗くなった。
私は思わずその場に身を伏せた。
だが何事も続いて起きない様子なので急ぎ庭に走り出て防空壕に飛び込んだ。
壕の中でぢっと耳を澄ませていたが外は静まり返って物音ひとつしない。
そのうち「部長さーん」と私を呼ぶ守衛の声がかすかに聞こえたので壕から出て、裏木戸を開き通りへ出た。
そこに官舎の同僚やその家族が「どうしたのでしょう」「怪我はありませんか」と続々集まってきた。
互いに家の破壊状況や怪我の有無を確かめあった。どこの家もつぶれてはいないようだが、戸障子は吹っ飛び畳、床は滅茶滅茶に破壊されていた。多くのひとが手足に、顔に怪我をし血をしたたらせている。私は左顔面が火傷しているという。裸足で硝子を踏んだと見え、足の裏が相当大きく口を開けている。
管理部長の磯崎君は顔、首あたり相当硝子を叩きつけられたらしく、血に染まっている。
元気そうな者をあちこち情報集めに出したが、「橋が落ちて駅へは連絡が取れない」「火災があちこちに起きて、どんどん広がりつつある」と言う報告が返ってくる。
評定の結果、私と大森施設部長は可部線の可部駅まで徒歩で行き、そこで情報を集め連絡を計る。
管理部長の磯崎君は官舎の全員を引率し、予め避難場所と指定されている学校に向かういうことになった。
脚を打撲して杖にすがる大森君と、足の裏に怪我をしてこれまた杖に頼る自分と二人、夢中で可部駅を急いだ。途中、半裸で火傷をしている兵士や、荷物を背負い、手足を血に染めた人々が何かわめきながら慌しく行き来していた。

可部駅は健在で宇品との連絡も取れ、傷の応急手当も受けることが出来た。
宇品の局も破壊され広島駅、鉄道病院、その他多数の鉄道施設、官舎も焼失している。仕事はまず生存職員の点検から始めねばならない有様である。私は白島の官舎が焼失したので、焼け残った甲斐の人事課長の宅に身を寄せ、そこから広島駅構内の客車の中に移動した局に出勤した。
顔左半分と左手を火傷して右足裏裂傷というので病人扱いになり、周囲のいう事を聞き、夕方は早く切り上げ宿舎に引き上げ静養に努めた。
「駅長さん帰って休んでください」と声をかけられるのだが、職員が管理局の部長以上を面倒がって駅長と呼ぶ。
そんな中、長崎の被爆を聞いた。
それらが原爆とは後になって教えられた事で、当時は誰に聞いても正体は分からなかった。
友人の商工省から中国総監部へ来ていた並木君の如きは、当日は何の被害もなく元気に任せて市中を飛び歩き大活躍をしたため、数日後から原爆症を起こし、髪の毛が抜け始め、白血球が激減し遂に不帰の身となった。
当日に元気で活躍した若者は皆同様の目に遭ってしまった。

10月になり原爆の洗礼を受けた我々は後退した方がよかろうということになり、局長の満尾氏をはじめ広島の地を離れることになり、私は新橋鉄道管理部長として東京へ戻った。
その後、火傷も順調に治り色もなくなった、酒を飲むとぽーっと色が黒くなるので原爆記念だと威張っていた。

フジテレビの不始末
2021/08/05

今回の五輪で、フェンシングの団体、日本選手金メダルの写真に、事もあろうか、一人韓国人選手に入れ替えて放映したフジテレビ。
悪質極まりない。
とても悲しい出来事であった。
https://news.yahoo.co.jp/articles/361d99f2d4a5fca920c9360cf9c4ccccbdf25080

そう言えば、2011年 フィギュア世界選手権において、東日本地震の被害に対する激励のメッセージとしてロシア側の計らいで特別なイベントがあった、所が何を考えたか、そのフジテレビ、その間放映を止めてしまい、キムヨナ特集にすり替えた事件が発覚。
これもまたフジテレビであった。
ロシアには誠に失礼な、また日本には国民を馬鹿にした、まさに不当な放送として悲しい事件であった。
なんというマスコミであろう。
悪い放送局もあるものだ。
https://www.youtube.com/watch?v=Nr7zgdmKrwg

ELMO HOPE “HIGH HOPE”
2021/08/04

ELMO HOPE “HIGH HOPE” BEACON LP # 401 (USA)

さても、さても レア盤である、これぞ幻の名盤。
ほぼ同一会社と思われるCELEBRITY レーベルから、双子のようなもう一枚のアルバムHERE’S HOPE (LP#209)というものも出されていたのだが、かつて私など50年の経験を持つコレクターでも本物など一度も見た事はなかったのである・
そんな頃70年代であったかアメリカ?から再発盤が入ってきて、大騒ぎで購入したものの、冴えない音で、大いにがっかりしてすぐに売り飛ばしてしまった。
しかし、こうして改めてオリジナル盤を聴いてみると、Celebrity同様、音楽の出来が違っていてグイグイ来る演奏に脱帽、大いに満足である。
いったい何年振りに聴いたであろうか?

エルモ・ホ−プという人のアルバムもコレクターに取っては大変厄介な作品ばかりである。
何しろほとんどが幻の名盤と言っても良いほどのレア盤。
まず、53年初レコーディングの NEW FACE NEW SOUND (BLUE NOTE 5029)はトリオ名盤、
続く54年同社のQUINTET(5044)は脚立のジャケでなんとヴァン・ゲルダーの愛犬が一緒に写っているので、写真の価値としても跳ね上がる。
55年のMEDITATION(7010)はPrestigeに移動して、非常に珍盤で水色の上品なジャケである。
同じく55年HOPE MEETS FOSTER(7021)は、かつてセカンドのジャケットであっても大変な高額盤
次の56年INFORMAL JAZZ(7043)は、収録の人気曲「ポルカ・ドット・ムーンビームス」を集録しており、大傑作の呼び声高く、滅多に出ない上に大変な相場である。
と、ここまでデビュー作から順に並べただけで、とんでもない金額である。
というマニア垂涎、幻の名盤のジャズメン代表でもある。
CDマニアや初心者には全く縁のない、レコード・マニアそれも原盤マニアのための作品群なのである。
という話は置いといて、この作品。

61年の録音というのだが日にちは不明で、先述の通り片割れがもう一枚Celebrity(209)レーベルから出されている、しかし、社名の書き方が違っているだけで、異なる写真なのだがジャケットの体裁はほぼ同じで、かつてはどちらが再発だのどうのと大いにコレクターを迷わせた。
面白い事に演奏時間が短い。10インチにでもしようと思ったかのような、或いは一つのアルバムにしようとしていたのを、お金を出した人が二人いて途中喧嘩別れになり、2枚になってしまったのであろうか?大いに想像したら良かろう。興味深いところである。

さて、作品はメリハリあるコロコロとした音の運びで、BOPピアノの実にパリっとした良い演奏である。
幻の名盤&廃盤としていささかも落ちる事はない。
あの56〜60年頃の、ハード・バップのアルバムそのもので音の事は言うまでもなく、ジャケ写のほうも スタジオでのショットが得も言われぬ風情があり、コーティングがあって、そのデザインの渋さもあり、詫び寂びが感じられいかにもオリジナル・コレクター泣かせである所のレコード然としていて、見ていたら私も欲しくなってしまった。再発では良さが伝わってこない一枚であった。

(売れてしまいました)

JOHNNY RICHARDS “WIDE RANGE”
2021/08/03

JOHNNY RICHARDS “WIDE RANGE” CAPITOL T885 (USA)

昨日、ビル・ホールマンのアルバムの事を書いたのだが、それで他のビッグバンドの良いアルバムは無かったかと思って探してみた。
探すとケントン楽団が思い浮かぶ、幾多の優秀なバンドがあるのに、なぜかケントン楽団ばかり頭に浮かぶのだろうと不思議な気持ちになったのだが、やっぱりケントン楽団は優秀だったなあ。
あのバンドで良い働きをした人は他にも沢山いたはず、と思浮かべてみたらちょうど目の前に一枚のアルバムが!お、これじゃ。

なんとも気持ちの良いビッグバンド・アルバムである。
メンバーには、ジーン・クイル、フランク・ソコロー、ハンク・ジョーンズ、ジミー・クリーブランド、等錚々たるジャズメンが揃っている。
50年代の長い期間スタン・ケントン楽団でアレンジャーとして幾多の仕事をこなした。
またも書くが、あの仕事のキツイ事で有名なブラック企業楽団のケントン楽団に本当に長い期間いたのは、余程大切にされたか、根性があったのか?
いずれにして大した男である。

ジャズメンは功成り名遂げると自分のビッグバンドを持ちたくなると言うけれど、正にこの人もそんな感じであった。
やりたい事をやったのであろうか。
実力者だけに、アレンジも中々凝っていて、サウンドは煌びやかである。
洗練された立派な演奏なのである。
是非、聴いて頂きたい。

彼は50代で病で亡くなってしまった、もうちょっと生きたら、もっと沢山の作品を残しただろう。
人間、長生きが良いとは言わないが、もうちょっとだけでも生きたら良かったのに。

BILL HOLMAN “IN A JAZZ ORBIT!”
2021/08/02

BILL HOLMAN “IN A JAZZ ORBIT!” ANDEX A 3004 (USA)

ビッグバンド・ジャズの傑作アルバムの入荷。素晴らしいアルバムである。
世の中にビックバンドは数あれど、感心するほどの作品はそうそうあるものでは無い。
まして、日本のジャズ・ファンはビッグバンド嫌いが多いので、余計に目立つことがない。
しかし、良く聴いて頂きたい、ビッグバンドの面白さ、楽しさ、迫力は言うまでもない。
だが、日本の家庭環境においては大きな編成の音楽、弦楽器主体のクラシックならまだしも、金管楽器主体のジャズともなれば音量も大きく、中々聴く事が出来ないのは良く分かる。
悲しいなあ。

と、どうでも良い話をしても仕方がない。
彼はウディ・ハーマンのために働き、また長年スタン・ケントン楽団で働いた。あの働き過ぎのケントンと一緒にいたのは相当なブラック企業とも思える環境であったろう。しかし、演奏もし、曲も提供し、と相当の活躍であった。
ケントンの作品群にその成果を見ることが出来る。
その後、己の楽団を持ったときのこの作品である。Jazz Orbitとは「ジャズの軌道」というのか?大きなスケールのタイトル名でジャケ写が宇宙の写真とは大きく出たものである、よほどの野心作であったか。
ちょっと考えすぎではあるが、1957年ソ連のスプートニク衛星の打ち上げ成功とアメリカのバンガード計画の失敗で、国内はソ連に負けるなと言う世論が渦巻いていた時である、それなら私のジャズの軌道はこれだという気持ちがあったのであろう。いいんじゃない!モトエ。

メンバーが凄い。
本人のテナーはじめ、マリアーノ、ハーブ・ゲラー、リッチー・カムーカ、ジャック・シェルドン、コンテ・カンドリ、フランク・ロソニーノ、ヴィクター・フェルドマン、メル・ルイス等々揃いも揃った。ズートシムスの兄弟のレイ・シムスもいる。

演奏は柔硬併せ持ち、強く弱く、静かに朗らかに、時々観客をぎゅっとつかむようなサウンドも見事である。
実に楽しくスリリングな演奏が繰り広げられるのである。
また、それぞれのミュージシャンの演奏もじっくり聴かせてくれる演奏である。何度でも角度を変えて聴いて頂きたい。
マリアーノのサウンドも良い音色であり、本人ビルのテナーの音質も素敵である。

いや、聴き応えのある作品であった。

AZYMUTH “LIGHT AS A FEATHER”
2021/08/01

AZYMUTH “LIGHT AS A FEATHER” MILESTONE M 9089 (USA)

おや、これは珍しい。
NHK・FMの深夜音楽番組「クロス・オーバー・イレブン」のテーマ曲が収録されているアルバムである。
すでに番組は終了しているものの、結構な人気番組だった。

AZYMUTHはブラジリアン・フュージョンのグループであるが、ECMレーベルにも同名のグループがいて何枚かリリースし上品な音楽を聴かせているのだが、そちらは異なる人達である。
私などかつては ECMに馴染があったので、同じバンドかと思っていたのである。爽やかサウンドでもあったし。
なんとも面倒な事である。

さて、こちらブラジルのバンドの方は、かなりヒットし多くのアルバムを売り出した。
FM放送のテーマ曲に使われたのは「フライ・オーバー・ザ・ホライズン」と言い、これまた結構なヒット作なのである。
聴いていると、テーマ曲に使われる曲というのは、成程と思わせるような独特の個性があるものだ。

自動車保険の事
2021/07/31

今まで私は損保ジャパンの自動車保険に加入していたのだが、どうも保険料が高すぎるような気がして、他の保険会社はどうかと考えてしまった。
テレビでも盛んに安価な保険を宣伝しているので2・3社、見積して見た。
もっとも安かったのが「おとなの保険」というCMでお馴染みの会社。
私のシルビアは車検証が「S15改」。
改造車ではなく立派なメーカー車なのである。
疑問点をクルマ屋に聞いたところ販売台数が1000台のみで、日産も面倒で「改」で済ませてしまったらしい。

さて申込の段、ネット画面にはS15しか出てこず、申込み後の保険証書にも「S15」となっている。しかし胸騒ぎがして、その事を保険会社に電話で問い合わせてみたところ。
「よくぞ言ってくれました。当社は改と付くクルマはいっさい受けていません!」だと。
私が、「自分で改造したものではありません。立派な通常車です」といくら説明しても「受けられません」ときっぱり。それで大人の保険を、保険会社のお薦めに従って取消。

損保ジャパンの担当者に聞いたら、「当社などは、社用車、営業車、通勤車などが多く、どうしても事故の確率が高い、それで若干保険料が高くなります。その点、新規ネット系・外国系の保険は、殆ど走る事の無い車、仕事に使わないクルマを狙い撃ちにし、安価な価格で客を釣り上げているので、どうしても価格で負けてしまう」との事だった。

本来、保険と言うのは相互扶助の原則だが、新規のネット保険というのは、なるほど、隙間を縫った商売なんだね。
CMのキャッチではないが私は、大人の階段を上り損ねたようだな?!
驚いた。

卓球で思う事
2021/07/30

そう言えば卓球は、そもそも日本のお家芸だった。
代表選手の名前は荻村さん。
日中友好のために指導者として招かれ、其の後の中国の基盤を築いた。もっとも既に中国は強豪国ではあったのだが。

 スポーツなどまだ良い。
現在の中国や韓国の家電や自動車産業の栄光を見ると、かつて日本が技術指導という名の下に、定年間近の技術を持った親父たちが送り込まれ、持てる技術の全てを教えつくした結果でもある。
 かつて私が自転車ロードバイクをオーダーで作った時の親父はゼブラという会社の技術役員だったが、台湾のメーカー・ジャイアントに行き、自分の技術のみならず、自分が試したかった技術も含め全て研究と指導として伝えたそうだ。
その結果は、現在のGAINTを見れば納得出来るものがある。

 日本人は真面目で教育という名に弱い。
何でもかんでも教えてしまう。
今も農業指導という名の下に、秘密も教えてしまうらしい。

 技術はお金より価値があるのである。日本は職人を馬鹿にして大切に扱って来なかった。
技術は農業だって、先端半導体技術だって、簡単に国外に持ち出してはならない、簡単に他人に教えるものでは無い。
お金を上げた方がましである。

柔道
2021/07/29

オリンピックの競技が始まってから、文句を言っていたのも忘れ競技に見入ってしまう。
卓球で中国に一泡吹かせたのも痛快。
ソフトボールの活躍も感動。
しかし、女子柔道の濱田さんの柔道には感動した。
柔道って、そもそもあのようなものではなかったか?
昨今、指導者からして、立って一本ばかり連呼している気もするが、あのような柔道こそ日本の柔道ではなかったか.
今まで、名勝負という動画を沢山見せられて来たが、男女合わせてもこれが最も名勝負。
失ったものを見せられたような気がした。

それも30歳、女子の初出場。
マスコミが作り上げた人気選手ばかりに注目が行っていたのだが、何とこれほどの優秀な選手がいたのか?!!

驚いた。
今回のオリンピックの一番の収穫であった。
まだ、終わっていないけど。

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