HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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PATRIZIA SCASCITELLI “PATRIZIA SCASCITELLI”
2018/11/14

PATRIZIA SCASCITELLI “PATRIZIA SCASCITELLI” VPA 105 (ITALIA)

私の好きなアルバムである
店の値札にこの作品紹介をいつもこう書くことにしている「イタリア女性だが黒いテイストが漂う強力なサウンドは圧巻! 全曲二重丸」と。
僅かな文字数で表現する事をコンピュータ管理に許された、私の最大の褒め言葉である。
最初に購入した時から本人に逢ってみたいミュージシャン、私の大好きな彼女であった。
通常は本人に会いたい等と思うものではない。

このアルバムはかつて新譜で購入した。
その時ちょうど、イタリア盤のもう一枚のBALLATA(VISTA)というトリオ作と一緒に購入したのだ。
2枚購入したのだがそれが同じ彼女の作品と思わなかったのだ、なぜならBALLATAは帽子を被った女の子の横顔のお嬢様ジャケで、一方こちらは黒一色で、いかにもこれはブラック・ジャズ風だと言っていて、彼女も現代のDJ風に毛糸の帽子。
まさか?これらが同一人物だと思わなかった。
イタリア語はなじまず、何も聴かず、何も読まず買った訳でもある。
更に家で聴いた後も、同一人物だと気が付くのにしばらく日にちが掛かったのである。
どちらも好きな作品なのにオカシなものである。
さて、私がこれら彼女の作品を購入したのが1976・7年頃であったと思うのだが、とにかく大変気に入った作品・ミュージシャンであるのに、その後、全くレコードの発売がないという事になり、大いに嘆いたものだ。
これほど優秀なのに、ちっとも作品が発表されないじゃないかと。
しかし、近年大いに活躍している様子はネットに出てくるので安心した。

この作品、彼女がLife-Forceというカルテットを作っていた時の作品で75年のミラノのジャズフェスでの演奏だとジャケの裏に書かれているから26歳の時の作品。
カルテットであるが、テナー、ドラム、パーカッションという黒人3人そして彼女というカルテット。
これが黒いサウンドで、引っ掛かるように音が出てくる所がブルース感があって、実に良いのだ。

イタリアに買い付けに行き、このアルバムが出て来た時、どれほどの喜びに満ちていたか。
今もジャケットを見るたびに興奮する。
HAL’S一押しのアルバムである。

JACK McDUFF “THE HONEYDRIPPER”
2018/11/13

JACK McDUFF “THE HONEYDRIPPER” PRESTIGE 7199 (USA)

ジャック・マクダフのレコードは時々入荷する、しかし、このTHE HONEYDRIPPERというのは、あまり入った事がない。
なぜだろう?って、ただ縁がないだけである。
しかしながら、今日はこのジャケットを見て興奮してしまった。
こんなにジャケットがカッコ良かったかと。

一言でいうと、これを本当のジャズと言うのではなかろうかと。
彼は不良のような、いや日本の70年代のリーゼントヘアの不良たちの、スタイルの元だと言っても間違いない。
そう思って見ると、やっぱりカッコ良い。
髪を少し引っ張って伸ばし、ポマードでカッコつける。
スーツは良い生地だし、シャツはきちっとオーダーしたようで、そこにピンカラーがお洒落感を出す。
タバコを手にもって、細い口ひげ。
その写真の下方にピンクとオレンジの色でTHE HONEYDRIPPER だと。
レコード聴く前に、おいおい、これはアメリカだぞ! 

PRESTIGEもこの辺りから、JACK McDUFFや、SHIRLEY SCOTTなどのオルガンやJIMMY FORREST,GENE AMMONS,WILLIS JACKSONなどソウル・ブルース系のアルバムのリリースが一挙に増える。
ある意味、日本人のあまり好まないジャズでもあるのだが、実はこの脂っこい所の辺りがマニアには一番堪らない所なのである。
しかも、このレコードはJIMMY FOREST(ts) BEN DIXON(d) GRANT GREEN(g) という魅力的なカルテット。
彼の演奏もキョロ・キョロという音が出まくってメリハリ十分。
グラント・グリーンなども初期の演奏が輝いている。
いかにもアメリカのジャズである。
これこそ60年代のもっともホットでアーシーなジャズだったのである。

GUY LAFITTE “DO NOT DISTURB”
2018/11/12

GUY LAFITTE “DO NOT DISTURB” COLUMBIA FP 1085 (FRANCE)
10インチ盤 Original

珍しいアルバムであり、かつカッコ良いジャケットなので掲載したい。
GUY LAFITTE(ギー・ラファイエット)はフランスのモダンジャズ・シーンにおいて、50年代前半から活躍したテナーサックス・プレイヤーである。
バルネ・ウイランが37年生まれであるから、10歳年長である、しかし、10歳年長といういう事が50年代のジャズの重要な部分でもある。
ある意味、良い時代のジャズメンとも言える。従って彼がパリに住むようになって、アメリカから来た多くのジャズメンの相手をしたのだから、腕も磨き自信も付き、知名度も上がった。
レスタ−・ヤングのようなムード・テナーで人気を博したのである。

フランスで多くのアルバムが残されているのだが、ちょうどこのあたり56年頃の作品は若いし、実に良い演奏が多い。
彼のような柔らかいトーンのサックスはともすればムード・ミュージックに流されてしまいがちであるが、そこは一流というのか、雰囲気をしっかり保った演奏である。
当アルバムは56年のROGER GUERIN(ロジャー・ゲランtp)、CLAUDE BOLLING(クロード・ボリング)など同国の一流所との共演で、A面はコンボでのジャズの良い演奏で、B面は10人編成のジャズとなって彼のソロに焦点が当てられている。
タイトルがDO NOT DISTURBとは上手いものである。
ジャケの写真が斜め後ろからサックスを手にして椅子に座ったショットが良い感じで、そして全体をピンク色にしたところが洒落ている。
もっと良く見ると床にサックスのリードが散らばっている、オレは音色に悩んだ結果のこのサウンドだと言っているのであろうか、素敵である。
見ているとソソられる良いアルバムである。


写真をパソコンにアップした所、ピンク色に見えない。
だが本当はもう少しピンク色でいい感じである。
写真が下手であった。 残念。


JIMMY GIUFFRE “THE JIMMY GIUFFRE CLARINET”
2018/11/11

JIMMY GIUFFRE “THE JIMMY GIUFFRE CLARINET” ATLANTIC 1238 (USA)

私の大好きな一枚。
私はこのアルバムを聴くとジミー・ジェフリーが何だかとても良い人に思えてしまうのである。
実際彼がどんな人か私は知らぬ、他の作品を聴いていると、ちょっと神経質そうな感じを受ける。
ところがこの作品だけは、私に訴えかける彼はなぜか良い人なのである。
不思議である。

私はその不思議さを好んで聴いている。

この作品は何よりジャケが良い。
黄色の前景の何かの奥に、彼がクライネットを吹いているというのだが、黄色の炎のようで 静かに燃える彼の人生を見るようで、そこに一人淡々と道を進むかの如く孤独感が滲み出ている。
そして、針を落とすと、彼の一人だけの音楽が流れるのだ。
彼のフットパッティングが伴奏として、なぜか非常に心地良い。
心地よい孤独感とでも言おうか。
温かい黄色の孤独感。

2曲目からは徐々に一緒に演奏する人が増えていくという仕組みである。
彼のアルバムはどれも非常に端正で隙が無くきちっとして、音は緩みなく、情緒も最低限度に抑えているのだが、この作品だけはなぜか情緒が漂う。

面白いねぇ。

BOB FLANIGAN “TOGETHERNESS”
2018/11/10

BOB FLANIGAN “TOGETHERNESS” CAPITOL ST1957 (USA)

BOB FLANIGANという人はコーラス・グループのフォー・フレッシュメンにいた方である。
その人が、なんでも大変才能のある方で、歌も歌えばトロンボーンもこなし、ベースも弾くという方だった。
その彼がギターのJOHN GRAYと一緒に作ったアルバムがこれである。
それで、中々の上手いアルバムなのであるが、今日の話は、ジャケットの事。

このジャケットをどこかで見た事があるという方はフリージャズのファンであろか。
DON CHERRY と GATO BARBIERI の TOGETHERNESSである。
その裏ジャケがこのアルバムのパクリなのである。
ここまでそっくりなのも珍しいので、掲載することにした。
別に悪いとかそういう話ではなく、面白いなあという話。

そうそう、せっかくなので音楽の事。
B面の冒頭、「A LOT OF LIVIN TO DO」がボサノバ・チックな出だしからフォー・ビートに変わり、トロンボーンと洒落たギターになるところなど、なかなかの演奏である。

JOHNNY GRIFFIN "INTRODUCING(Chicago Calling)"
2018/11/9

JOHNNY GRIFFIN "INTRODUCING" BLUE NOTE 1533 (USA)

高価なオリジナルの逸品で実に久々の入荷である。
廃盤としての当作品は、レア盤揃いのブルーノート・レーベルの中にあっても1・2を争う逸品である。
その理由は言ってしまえば希少価値という事に尽きるのであるが、当時は新人ゆえ、発売枚数が少なかったのは当然として、新人と思えぬ演奏内容の良さ、更にレコードの音質の凄さ、いわゆる廃盤三拍子の条件を備えている垂涎盤である。
そういえば、ヨーロッパでもオジサンたちが凄い廃盤を見ると、口に腕を擦るようなしぐさをしてニヤッと笑うのを見て、やっぱり垂涎という意味は同じなのだと思った。涎と言っても「envy」という意味なのだろうけど。
モトエ。

これは彼のブルーノート第一作目、並々ならぬ気合が入っていたことは作品を聴けば十分に伝わってくる。
ジャケットの写真でも伺えるが、豪華なキングのサックスを首に掛け、左手で軽く支えながら、離した右手のぎゅっと握った拳の先に、この作品への気負いがよく見て取れる。
吹き終わり「やったぜ」と言っているのであろう。
背は小さくともリトル・ジャイアントのあだ名の通り、肝っ玉と志しの大きさが表れている。
若くとも客の好みも理解し、哀愁あるサウンドも軽々と吹いて見せる大した新人、新人とは言え1956年28歳の春の事である。
リーダーの録音は実は2度目であるが、55年に吹き込んだARGO盤はまだ市場にリリースされていない。
ARGOはのんびりと構えていたのであろうか? したがって、このブルーノート盤が事実上の最初のリリースなのである。

そうそう、ここでどうしても音質の話をちょっとだけして置きたい、ベースの低域の凄さがあるのだが、何と言ってもテナーの音の柔らかさがある。
低音がズシンと響き、中音が前にドンと出る見事な50年代である。
バラード「THESE FOOLISH THINGS」「NICE AND EASY」等のベースの低音と表情豊かなテナーのサウンドは見事な絡み合いである。
ハードバップとして、いかにもレコードとしての価値がある。
勿論、今から40年前ですら入手困難であった事を付け加えたい。
見ていると私も欲しくなる。店を引退する時には買おうと思う。
名盤は違うのだ!  なにもかもが。



        

TOMMY POTTER “TOMMY POTTER SEXTET”
2018/11/08

TOMMY POTTER “TOMMY POTTER SEXTET” METRONOME MEP 239-41 (SWEDEN)
EP(7inch) 3枚 セット

珍しいEPが出て来た、しかも3枚続きで番号がMEP239番、240番、241番。
盤もジャケも綺麗で完品であるのも更に珍しい。
さて、これら3枚のEPは1956年9月スエーデン滞在中に録音されたもので、3枚のEPに分けて売られたものである。
ジャケットのデザインも顔の写真、ベースを演奏中の経っている写真、そして仲間といる写真とどれも素敵なジャケ写の3枚である。
これがその後、米国のEAST/WESTというアトランティックの傍系のレーベルから発売に至っている。
そのLPには更に3曲追加されていて、それは翌日9月11日にちょっとメンツを変えて録音したものなのである。

演奏はROLF ERICSON,AKE PERSSONなどスエーデン一流所にピアノのFREDDIE REDDが参加したものである。ドラムのJOE HARRISはスエーデンで結婚して住み着いていたものである。
良く言われるところ、ヨーロッパと米国のメンバーが共演した時が、最も緊張感ある好演奏であるとの通り、メリハリがあって文句ない素晴らしいジャズである。
音質の話、米国盤はガッツのある音質である。一方オリジナルのスエーデン盤はハイファイ・サウンドでどちらも若干違いはあるが音質に文句はない。
ただし、どちらもレア盤であることは間違いない。

トミー・ポッターはBE-BOP以前から活躍しておりBEBOP時代にはパーカーなどとも共演を重ね、ジャズを作ってきた一人でもある。
しかしながらリーダー作となると、これらしかないのである。
サイドメンとしての仕事が沢山あるのに実に不思議なジャズメンである。



何となく続いて...
2018/11/07

なんとなく話を引っ張って。
菅野沖彦さんの文章で思い出したことがあるので、それを思い出してしまった。どこに書いてあったかのか全く覚えていないのだが....。

昭和40年前の頃だったと思うのだが。
ステレオ装置の特集が「暮らしの手帖」で行われるようになり、菅野さんが参加していたと。
そこで公正な立場を貫くことを心掛けた。
だが個人として好みはある、マニアでもある。
そこで、一個人としての良いと思われる機器と、公平に商品として批評をすることは別であった。
一方、テストする人というのは商品に精通した人であり、好き嫌いがはっきり言える人間が、テストを行うには良いとも言える。
従って批評とは大きな矛盾の中で行われるのだ。
という話。

これは実は、日本におけるマスコミの姿勢の原点そのものである。
 マスコミは中立である。
 マスコミは何を言ってもよい。
 中立故に、マスコミの言った事は公正である。
こうなってしまう。
これはもう止めたいな。
中立の人間などこの社会になく、中立の政治などどこの国にもなく、中立なマスコミなどこの世にありえない。

わが社のスタンスはこうであると示し、アメリカと同様でもあるが、当社はどの政党を支持する、故にこういう報道である、というのが公正だと思うのだ。
「公正」に対する国民の楽観的思考が勝手すぎるのでもあるが、利用した騙しはイカンよ。

ジャズ批評の...
2018/11/06

先日、雑誌ジャズ批評の松坂さんのお別れ会があり、行ってきたついでにと、と2・3人が寄ってくれる。

しかし、その前に亡くなられた菅野沖彦さんと言い、本当に一時代が終わったのだ。
平成の最後に、昭和の残りが消えたのだ。




音楽を聴くということ
2018/11/05

音楽を聴くということ。
つくづく思うのであるが、我々の世代から前の時代は、音楽鑑賞とはケチをつける事が鑑賞であった気がする。実は分かっていないのに、ここが悪いあそこが悪いと意地悪い聴き方でもあった。

それが最近の音楽ファンは一生懸命に聴き取ろうという人が増えた気がする。
若しくはタニマチ的な応援のためのマニアか?
良い時代でもある。

それで、聴くという行為について考えると、あれ、...考えが進まない。
ジジイの頭の細胞はちょっとづつ死んでいるのだな。
それで、ある人の言った事を書きたいのだが、これまた、ある人の名前がどうしても出て来ない、岩波さん、油井さん、菅野さん、その辺りだったと思うのだが、これは私の中に響いた言葉だけを思い出してここに書いておこうと思う。

「音の善し悪しの前に必要なことは、聴き手の意志と姿勢であるという信念である。
音楽を聴くということは、ただ、耳と感性を音響の前にさらすことではなく、そこで奏でられている音楽と共に、自らも音楽することだという認識である」

これである。
私も一生懸命に聴きたい、と思う。

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