HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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JOHN COLTRANE “AFRICA/BRASS"
2022/12/18

JOHN COLTRANE “AFRICA/BRASS ” IMPULSE A-6 (USA)

1961年5月23日、コルトレーンはビッグバンドを招集した。
メンバーには例のマッコイ、エルビン等の他、レジー・ワークマン、ブッカー・リトル等々、そしてエリック・ドルフィーがオーケストレーションを担当したのだが、バン・ゲルダー・スタジオに本当に18人も入れたのであろうか?不思議である。それはオイトイテ。

これがコルトレーンのインパルス・レーベルでの最初の録音ある。
翌日の24日は、クアルテットでGreensleevesを録音している。
ところが、その翌日の25日は、まだ契約が残っていたらしく アトランティックのスタジオでOle(オレ)の
録音をしているのである。ミュージシャンは契約問題があって履行しないといけないから大変である。

で、23日は沢山集まったものの、Greensleevesだけしか、A−6の分として録っていないので、6月7日に再度招集したのである。
物凄く頑張った割に、原盤(A−6)では「Africa」「Greensleeves」「Blues Minor」の3曲だけである。
本来、Song of the underground railroad という力作を入れる予定だったらしいが、黒人解放運動に関係した曲は好ましくないと判断されたらしく、削除され、そのまま片面16分のちょい短めの作品となった。

しかし、作品はコルトレーンの「至上の愛」と対を為すほどの名作になった。いっぱい入れたら良いと言うもんでもない、重要なのは質!
作品の為に、アフリカの音楽・リズムを研究したというAfricaはドルフィーの指揮でもある。
彼の高水準で、まだ初期の前衛的な演奏として出来上がっている、だが、まだオーソドックスなサウンドで気持ち良く聴く事ができる、ジャズ好きなら誰しも必ず聴くべき大きな価値がある。
勿論、作品は最高でアフリカ回帰をイメージされる大抒情詩である。

例の「地下鉄道の曲」を、入れたならばコルトレーンもマックス・ローチのような、黒人運動家としても大きな尊敬を集めたであろう。だがそうでもなく、表にドンと出さなかったからこそ、徐々に尊敬を集めたのかもしれない。
兎も角、演奏にトライした事は「コルトレーンもやるもんだ」と尊敬の念が深まる。

昨日のアメリカン・グラフティ
2022/12/17

映画を見るたびに思う。
私もまさに同じような世代であった、63年には17歳であったのだから。
しかし、映画を見ていると、彼らは高校生ながら車を持っているところが、我々と全く異なる。
青春時代において、どれ程クルマが重要な手段であったか、それは免許も取れない日本の状況と比較すると、気が遠くなるような違いなのであった。
何しろ通学のみならず、道路で仲間とレース、夜の遊び、男女の遊び、それらはクルマ有りきであり、その遊びのバック・グラウンドに当時のポップス・ミュージックがあったのである。
そのベースには大戦以来、アメリカ社会の豊かさの恩恵があった。
ベトナム戦争拡大は64年からであり、まさに63年まではハッピーな社会であった。

何年か前に、ロサンゼルスで会った友人夫婦と話していて、アメリカの車で何が一番好きかという話になった時、アメリカ人の奥さんが「シェルビーよ、高校時代ボーイフレンドが乗っていて、本当にカッコよかった」と言うのを聞いて、どうしようもなくて、私など口をはさむ余地は無かった。
ただただ、感心するのみであった。

貧しいのが当たり前の我々の青春には、せいぜいラジオから流れるアメリカの音楽があっただけである。
なにより当時の親の収入が日米で10倍以上の差があったと思われる。

昔、見たデビット・ボウイの映画の中で、彼が「ティーンエージャー」という言葉はアメリカの当時の世代にだけ当てはまるものであって、我々イギリスにはそんなものは無かった、と言っていた台詞が忘れられない。
まして日本など........。

映画 アメリカン・グラフティ
2022/12/16

CSで1973年作の映画「アメリカン・グラフティ」をやっていた。
舞台は1962年のティーンエージャーと呼ばれた、世代を表す代表的な作品である。

ところで、この映画の最初から、ロック・アラウンド・クロックの曲に合わせて出て来る中心的な場所であるドライブインがあって、名前をメルス(Mels Drive-In)という店である。
映画の初っ端から、50年代からの名車が店の前に勢ぞろいしていて、私はいつも、大いに盛り上がる。
日本の今の世の中に、ドライブインというレストランはほぼ存在しない。
高速道路にSA/PAがあり、主要道路に道の駅というものがその代わりを担っている。
だが、60〜70年代のドライブインという洒落たレストラン+カフェという店は無い。
昔のあの雰囲気は車好きに取って、日本においても、とても素敵な場であった。

ところで、数日後にもう一つ放映された映画があって、1967年のシドニー・ポアチェ出演の「招かざる客」。サンフランシコが舞台で、上流階級の一人娘が黒人の青年と結婚するというドタバタ劇、父親が混乱して母親をドライブに誘い、行った先が、クルマに乗ったままウエイトレスが運んでくれたアイスクリームを食べるというシーン。
そこがなんと「メルス・ドライブイン」なのであった。
同地の住民における親しみあるドライブインが、同じMELSという店が、画面に出てきてびっくりした。

なんでも映画通によると、MELSは73年にはすでに閉店していたのだが、ジョージ・ルーカスが撮影用に再開させたようだ。だが、撮影後に解体されたようだ。という事は67年には、まだ実物が存在したのか?

現在、ユニバーサルのテーマパークにそれらしいレストランが作られている。らしいから、今度行ってみるかな。

誕生日
2022/12/12

12月12日は我が家の長男の誕生日。
長男夫婦と食事をすることになり、まずはお祝いとクルマで近くのケーキ屋に買い物にいった。
店の前に停車していた車のナンバーが、1212。

長男、これも何かの縁、と大喜び。
我々一同も盛り上がった。

しかし、長男ももうすぐ50歳。
これからが人生の正念場。

真空管 EL34
2022/12/11

知り合いが「こんなのあるんだけど」と持って来た。
EL34はヨーロッパ生まれで、1954年に発売されてから今なお人気を保っている。
安定度が高くA級動作にすぐれた真空管で、オーディオ用に多く使われてきた。
もちろんギター・アンプに使用されたものである。

今回は、アメリカの「GE」の箱に入っていて、箱を開けるとイギリスの「ムラード」が作った事が記されている、箱も古さが出ていて、60年初期と思われる物で何と新品のまま保存されていたという。
GEのOEMでイギリスのムラードが作っていたとしてもなんの不思議もない、何故なら、最初に作っていたのがムラードであったから。

さっそく、マランツ#8Bを引っ張り出し、4本付け替え試聴した。
もう少し、時間を掛ける必要はあるが、上品な音であった。
こういう真空管が出て来ると、なんだか嬉しいものだ。

BENGT HALLBERG “BENGT HALLBERG”
2022/12/10

BENGT HALLBERG “BENGT HALLBERG” PHILIPS P08201L (HOLLAND)

久しぶりに好きなアルバムが入荷したので嬉しくなってしまった。
スエーデンでレコードを探していると、よくこの人のアルバムに出会う。それが当アルバムは本国ではほとんど見かけず、オランダで時々見かけるので、不思議な一枚でもあった。
オランダ人のオジサンの言うには、演奏旅行でオランダに来て録音する話があったわけで、どうせフィリップス・レコードだし、スエーデンよりオランダの方が売れるので、そうなったとの話。真偽の程は分からないが、
多分、そんな所か。
演奏は一曲目の「Dinah」はちょっとユーモアを強調して弾む感じの曲調なのだが、それ以降はいたって淡々と、しかも、若干の緊張感と真面目さを漂わせた、スイング感もある誠に好ましく、相対的に静かな、良い演奏である。
仕入れして来たこのアルバムを試聴する時には一服という事にして、コーヒーを飲みながら聴くことにしていた。

ジャケットがまた素敵なのである。
素敵って別にデザイン等凄い訳ではない、ただ一つ物語性が良い。
それは舞台が、クラブなのであろう、演奏会のある昼間に彼が早く来て練習をしている。真面目な彼は早めに来て練習をするのだ。
その時ちょうど、ホールを掃除していたオバサンがいて、それが掃除の手を休めて、モップに顎を載せて聴き入ってしまった、という一風景である。
だが、このジャケット写真を眺めながら、演奏を聴いていると、演奏と写真が不思議にぴっとりとハマって、私の心に大きな満足感がひたひたと押し寄せて来る。

毎日毎日、来る日も来る日もホールを掃除して、人の練習を聴いていれば、誰がどのくらいの腕前か、一目いや一聴でわかってしまうのである。
仕事の手を休めた事のないオバサンも、思わず聴き入ったのである。
ジャケットを見ていると、何と顔も写っていないのに、オバサンにスポットとが当たっているのである。
聴き入っているのが判る。
「オバサン、流石に分かるね」と感心してしまうのである。

オバサンによって音楽の素晴らしさを無言で語らせている。「あんた達、買って損はないよ」と。

こういうアルバムに出会うのであるから、ジャズって本当にいいなあ、と思うのである。

マスク社会から抜け出せない
2022/12/09

日本人は今後もマスクを外す事ができないだろう。
散歩に行けば、誰もいない川っ淵でもマスクをしている。

将棋の対局、永瀬拓矢王座と佐藤天彦九段。
佐藤九段がマスクを外した。
これを永瀬王座が「反則」と指摘。
佐藤九段の負けとなった。
しかし、連盟も本当にダメな組織だが、マスクで失格を迫った永瀬もつまらない人間だね。
マスクって、現在の日本においてはあらゆる点において、最重要項目なんだね。

三年間、日本人はマスクをし続けて、コロナは消滅したか?
マスクとワクチンをし続けてコロナは消滅したか?

今後はもっと異なった方法を考えて行かないと。

プレイヤー(ガラード301)
2022/12/08

ガラード301の事で、昨日書いた事について、ちょっと書くべき追加があった。
私の301はベニヤの板に乗せていた、と書いたのだが、ベニヤという材質の良し悪しについてここでは追求する場では無いとして、ボードに載せていたこと自体それが悪い事とも言えないので、説明しておこうと思った。

昔、古い説明書で読んだ事があるのだが、セッティング方法があって、301本体をキャビネットに直接付けないで、サブボードに取り付け、サブボードとキャビネットの間にゴムなどを入れ、フローティングにする事となっていた。

それで今までの箱は、私はオーディオ仲間と相談し、当時の説明があった内容を尊重し、綺麗では無かったが「板」に取り付け、それを浮かせてセッティングしていたのである。
ちなみに301や401のガラードが売られていた当時のキャビネットは、本体をボードで浮かせる構造であった、物が目についた記憶がある。

ただ、その理由は測りかねる所があって、それはハウリング対策だったのか、それとも音質に柔らかさを出すためだったかは、私には分からない。
そして、最近はそんなキャビネットもまず見ることはない。
もし、上手く出来るものならば、そうしたほうが良いだろうとは思っている。
今回は、あえて直付けにしたのだが、どんなものかしばらく聴いてみる事にしたが、気に入らなければ、これをフローティングに直す事もするつもりである。

ただ、フローティングは材質など含め、それに浮かせる材質もスプリングかゴムか、色々方法があって難しいものである。

我が家のレコード・プレイヤー
2022/12/07

私の持っている、レコード・プレイヤーは何となくばらばらな感じであった。
やっつけ仕事のように、ガラード301がベニヤの合板の上に乗っていたり、ロングアームはキャビネットに収まり切れなくはみ出していたり、SMEのアームの重りが後ろに垂れ下がってしまっていたり。
キャビネットは自作しようかとも考えていたのだが、最近はそんな元気もない。
かといって近年の値上がりはオーディオ界も同様でキャビネットも高額になってしまって悩んでいた所、知り合いの修理屋さんが引き受けてくれ、ようやく完成に至った。
アームもオーバーホールしていただいた。

トーレンス124の一台は回転の立ち上がりがやや遅いので、アイドラーを交換したのだが、まだ改善していないので、プーリーがすり減ったのであろう。残念ながら、まだプーリーは入手出来ていない。もう少し時間がかかりそうである。

それでも、非常に満足するところまで来た。

アンティック・ラジオ
2022/12/06

アメリカの古いラジオ。
50年代かと思われる。
幅23cm 高さ18cm 奥行15cm 

会社 Emerson
真空管式

本国では、かなり人気らしく、結構な値段が付いているのだが、日本では骨董的にラジオは対象になっていないらしい。
どなたか欲しい人はいないのだろうか?
1万円くらいを想定しているのだが........

肝心のラジオの受信状況は、なぜかアメリカというせいかFENだけ微かに聞こえたが、ほぼ不可という事になろうか。
知り合いのアンプの修理屋さんに見せたら、修理費5〜6万ほど掛かるという話であったので、修理は諦めた。
値引き可

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