HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。
  
| 通販リストの更新 | - 2026/04/23
- お世話になっております。
次回の新入荷リストの更新は 四月二十四日(金)を予定しております。 何卒よろしくお願い致します。
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| McIntosh MC-30 | - 2026/04/23
- McIntosh、パワーアンプ MC-30
現在、私のマッキンの真空管パワーアンプに関してはMC30とMC240の2台である。 以前はMC275を使っていたが、やや大味であって、音質は真空管KT88によるところが大きく、特に言えば、Gold Monarchという、今となっては入手困難な高級真空管を付けた時だけ、素晴らしい音がするのである。費用的にも一本10万円超えでは無理だったので、ゴールド・モナーク1本が切れた時に売ってしまった。 その点、MC240は使いやすく、素直で、音質も完成度が高いので、信頼して使っている。
また、MC30は友人から2台譲り受けたものであるが、その内部パーツがほとんど日本製に変えられていたので、仲良しの修理屋に頼み込んで、古いパーツを探し出して、ほぼオリジナルの物にした。買い直す程の費用は掛かったが、大いに満足した。その後、更に未使用のオリジナルの6L6GCが見つかり、今に至る。音質はジャズのモノラル盤を聴くときには、なくてはならない相棒でもある。
実は、MC30は以前に、たった一台だけ持っていた事があり、プリアンプC-4と組み合わせ、スピーカー1本のモノラルで聴いてきた時期もあったのだが、そのアンプは忘れがたい重厚感のある存在感ある素晴らしい音色であった。ただ、ステレオでないので面倒になり、売ってしまった。いずれにせよMC30は大したアンプである。 相方のプリアンプC−4は1954年発売でフロントにAudio Compensatorと銘打っただけあって、10種類ほどのイコライジングが可能であった。 このアンプは電源をMC30から引っ張ってくることになっていた。なかなかの素晴らしい音で、低音の男性ボーカルなど見事な男前を披露してくれたものであった。
1955年には更にマニアックなプリC−8が発売され、全面に低音と高音の5個のスイッチが付いていて、ほぼ無限のカーブに対応したものであり、私も入手したのであるが、2台を上下にして箱に入れて使用している。電源はMC30から取ることになっていたのだが、修理屋に頼み、別に電源アンプだけ作ってもらったが、実は不要であった。 C8も、C4同様、アンティック感があり悪くない。特に78回転のSPを聴く際には、大いに活躍するので、捨てがたいアンプである。 これらC4,C8とMC30の組み合わせは、1960年にC20,C11とMC240が発売されるまで最高級機であった。 私はC20よりC11の方が好みであるが次のC22と、現代の音楽でも不満はない。 特にC-22はデザインが圧巻で、私でも購入の一つの決め手であった。 70年代になるとトランジスターの時代になり、あっという間にICの製品に代わる。
時代は変わって、現代オーディオ全盛の、今尚、これら真空管アンプの音が人気であることは、人間の聴覚にどうしても忘れられない音があって、それを引き出してくれるのであるからだと思っている。(写真はMC30, C8)
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| John Coltrane | - 2026/04/22
- 昨日はマイルスのアルバムの話だったので、今日はコルトレーンの話。
私は初心者の頃からソニー・ロリンズやジョン・、コルトレーンなどが大好きだった。 給料の関係上、私がレコード・コレクターになったのは1970年からなので、コルトレーンの A love supreme(至上の愛)から始まりAscension(Impulse)まで色々聴いた。コルトレーンは多くのアルバムを残していて、そのどれもが群を抜いていて、いちいち感動していたのである。 やがて、ついに念願のColtrane Prestige 7105のオリジナル盤を入手できたのである。それまでは日本盤の発売も無くて、1972年に日本ビクターが1,100円シリーズでリリースしたのが最初であった、しかし、ジャケ写など気に入らず、私はオリジナル盤が欲しかった。若い時のこの写真は素敵だね。こんなジャケ写はそうそうない。 そしてオリジナル盤を聴いた時、鳥肌が立った。 アルバムの中のA-2 Violets for your fursに痺れたのである。 なにより、コルトレーンは、どの作品を聴いても、全てバラードであり、最期のAscensionを聴いても、やっぱり彼はバラードの人なのだと確信したのであった。 評論家が色々言うのであるが、コルトレーンの音楽はバラードである。 その確信はVirolets for your fursがあってこそなのだと思い至ったから。
ここからついでの話。 この曲はスタンダードと言われているのであるが、当時はそれほど有名でもなかった。 曲はverseがあるのだが、コルトレーンの演奏はバースは省く。 作者はMatt Dennis(マット・デニス)である。 この曲にはFrank Sinatra(シナトラ)が貢献している、この曲を2回録音している。 それは、シナトラと関係があったラナ・ターナーとの事かもしれないそうだ。その辺りはシナトラ研究家の三具保夫氏が詳しいので、私が三具氏に聞いた範囲でここに記す。 三具氏がアメリカに行った時、マットデニスのライブ演奏を聴くチャンスに恵まれた、その演奏が終わった時、マットさんに質問をした「曲が出来た1941年、12月の真冬のマンハッタンにバイオレットはあったのか?」と。 マットさんは、間をおいて、ちょっと考えて「はい、ニューヨークの12月にバイオレットはありました、それは、アメリカは戦時中に航空機輸送が非常に発達してきていた。 フロリダで花が作られ、特にバイオレットが大人気になり、それを冬のニューヨークに空輸し、利益をもたらしていたのだ」と。 1940年に花の空輸とは考えもしなかったと言っていた。
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| 死刑台のエレベーター | - 2026/04/21
- 私が、マイルスが凄いなあ、と思ったのは映画「死刑台のエレベーター」を聴いた時であった。
まあ、言って見れば彼の作品はどれもすごいのであるが、「死刑台のエレベーター」だけは、やられたと思った。その後のビッチェス・ブリューなどいくらでも名盤はあるけれども。
ジャズ以外にも洗練された音楽というものは、色々あるけれど、映画のサントラでここまでの作品が出来るとは一体どのような才能なのであろうかと、本当に心底、恐ろしい人だと思った。 当時、泥臭いと思っていたジャズから、圧倒的に洗練された作品が生まれた、大転換を見たような気がしたのであった。
歴史は面白い。
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| 新宿の街はにぎやか | - 2026/04/20
- 新宿の街はいつも賑やかであるが、ここ数日、温かくなったせいか、人では更に多い。
繁華街が賑やかなのは良い事である。酔い事である?夜は酔っ払いばかりだ。
春の宵 動き出したる 人の波
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| 今度はガーシュインの記念板 | - 2026/04/18
- マイルス通りの他に、もっとあるに違いないと探して貰うと、彼の犬の散歩道に、なんとジョージ・ガーシュインが住んでいた場所があるとの事。
ビル入口の写真とビルの壁に埋め込まれた金属板の写真を送ってきた。
よく見ると GEORGE GERSHWIN 1898-1937 IRA GERSHWIN 1896-1983 1929年から1933年まで住んでいた、と書かれている。
ニューヨークは音楽の街だね。
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| マイルス・デイビス通り | - 2026/04/16
- ニューヨークに住んでいる友人から珍しい写真が撮れたと送ってくれた。
ニューヨークにある「マイルス・デイビス通り」。 「Miles Davis Way」
WEST END AVENUE と 77丁目の角にあるとの事。 1960年ころから1980年代半ばまで、マイルスが約25年間住んでいたタウンハウスで、住居兼スタジオとして使われ、Kind of blue や Bitches brewなどの創作の拠点になったとのこと。 また、当時、多くのジャズメンが訪れていたようだ。
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| 通販リストの更新 | - 2026/04/14
- お世話になっております。
明日の四月十五日(水)に商品リストを更新予定です。 よろしくお願い致します。
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| 貧乏人のマッキントシュ | - 2026/04/13
- 朝のNHKテレビの料理番組で、パン粉をオリーブオイルとニンニクで炒めたものを、昔は「貧乏人のチーズ」と呼んでいた、という話があって大笑いをした。
だが、侮るなかれなかなかの美味。
思えば、オーディオの世界にも、かつては「貧乏人のマッキントシュ」と言われた、真空管アンプのメーカーが存在した。 一つは「ヒースキット」もう一つは「ダイナコ」と言う。
マッキントッシュが高額なので、安価で性能が負けないアンプを売り出したメーカーあって、音は良いし、値段は安いということで高評価であって、両社とも相当に売ったらしい。 ただ、日本においてはヒースキットのアンプは見ることは無かったが、ダイナコのアンプは結構あったと思う。アメリカの音楽には結構マッチした良いアンプであった。価格は安く、日本のアンプと同等かちょっと安かった気がした。 今でも、マーケットに出て来れば安価だと思われる、今、もし入手出来れば聴いてみると良い。 コストパフォーマンスは抜群であった。
以前、当店のマッキンのパワーアンプ2255が故障した時に、代替えとしてダイナコを付けたら、お客様が、いい音になった、と喜んでいたから、まんざらでもない。ただし、接続ケーブルが正面と裏面に付いていて、前面がちょっと見苦しいと思ったなあ。
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| 仰げば尊し | - 2026/04/07
- 3月の内に書きたかったけれど、ついつい遅れてしまい、桜も既に散り終える。
「仰げば尊し」の事である。 最近はすっかり卒業式で歌わなくなったという、この名曲、これほどの素敵なメロディもないものである。 もちろん詩も素敵、シンプルにしてこの情緒、日本語の美しさよ。
1. 仰げば尊し 我が師の恩 教えの庭にも はや幾年(いくとせ) 思えばいと疾(と)し この年月(としつき) 今こそ 別れめ いざさらば
2. 互(たがい)に睦(むつみ)し 日ごろの恩 別るる後にも やよ 忘るな 身を立て 名をあげ やよ 励めよ 今こそ 別れめ いざさらば
3. 朝夕 馴(なれ)にし 学びの窓 蛍の灯火(ともしび) 積む白雪(しらゆき) 忘るる 間ぞなき ゆく年月 今こそ 別れめ いざさらば
3番まであるのだが、式の関係上、殆どが2番を飛ばして歌っていたね。私も昔は2番を知らなかったから。 実は2番がもっとも現代の卒業にふさわしい。「互いに睦し」の所がこの曲の芯になろうか? すなわちお互いに、交わった友に感謝を込めて、別れた後にも忘れないで、そして、まだ若く大変であろうが学業に仕事に励み、家族や共にも忘れられないような立派な人間になろうよ、と。 これほど優しく、諭してくれる歌があろか? どんな先生であっても、やっぱり尊敬をし、教えを乞う姿勢は大切だし、なにより学友は何物にも代えがたいものである、それもまた尊敬に値するのである。 忌まわしい思いもあろう、しかし、それも教えとしていただこうではないかと思うのである。 親しい友よ、あえて言おう、いざさらば!
ネットで調べたら、1800年代にアメリカで卒業式の為に作られたものだったというが、ほとんど歌われることも無かったのが、日本で歌詞を付けられ、歌われるようになったのだとか。 この「仰げば尊し」と「蛍の光」は実に日本で歌われるようになった名作だと思うのである。 もう一度、歌ってほしい。 最近のコーラス曲やら歌謡曲が好きならやむを得ないが、是非、重厚感ある美しい日本の心を謳った。これら素敵な歌を、後年になって思い出される歌を、歌って頂きたいのである。 新しい歌だけが良い歌か? いや、そうでもあるまい。
ちなみに日本のほかは台湾だけ卒業式の歌われているようだ。
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