HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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仰げば尊し
2026/04/07

3月の内に書きたかったけれど、ついつい遅れてしまい、桜も既に散り終える。
「仰げば尊し」の事である。
最近はすっかり卒業式で歌わなくなったという、この名曲、これほどの素敵なメロディもないものである。
もちろん詩も素敵、シンプルにしてこの情緒、日本語の美しさよ。

1. 仰げば尊し 我が師の恩
教えの庭にも はや幾年(いくとせ)
思えばいと疾(と)し この年月(としつき)
今こそ 別れめ いざさらば

2. 互(たがい)に睦(むつみ)し 日ごろの恩
別るる後にも やよ 忘るな
身を立て 名をあげ やよ 励めよ
今こそ 別れめ いざさらば

3. 朝夕 馴(なれ)にし 学びの窓
蛍の灯火(ともしび) 積む白雪(しらゆき)
忘るる 間ぞなき ゆく年月
今こそ 別れめ いざさらば

3番まであるのだが、式の関係上、殆どが2番を飛ばして歌っていたね。私も昔は2番を知らなかったから。
実は2番がもっとも現代の卒業にふさわしい。「互いに睦し」の所がこの曲の芯になろうか? すなわちお互いに、交わった友に感謝を込めて、別れた後にも忘れないで、そして、まだ若く大変であろうが学業に仕事に励み、家族や共にも忘れられないような立派な人間になろうよ、と。
これほど優しく、諭してくれる歌があろか?
どんな先生であっても、やっぱり尊敬をし、教えを乞う姿勢は大切だし、なにより学友は何物にも代えがたいものである、それもまた尊敬に値するのである。
忌まわしい思いもあろう、しかし、それも教えとしていただこうではないかと思うのである。
親しい友よ、あえて言おう、いざさらば!

ネットで調べたら、1800年代にアメリカで卒業式の為に作られたものだったというが、ほとんど歌われることも無かったのが、日本で歌詞を付けられ、歌われるようになったのだとか。
この「仰げば尊し」と「蛍の光」は実に日本で歌われるようになった名作だと思うのである。
もう一度、歌ってほしい。
最近のコーラス曲やら歌謡曲が好きならやむを得ないが、是非、重厚感ある美しい日本の心を謳った。これら素敵な歌を、後年になって思い出される歌を、歌って頂きたいのである。
新しい歌だけが良い歌か? いや、そうでもあるまい。

通販リスト
2026/04/06

ホームページの通販リスト、更新いたしました。

よろしくお願い申し上げます。

クリーム・ソーダ
2026/04/05

私は食いしん坊で、最初に食べた物をかなり記憶している。
それで、いつだったか家で夕食の後の雑談で、私が19歳で最初にコーラ・フロートをいただいて、嬉しかった話をしたら、義父が、「私はね資生堂パーラーで人生初のクリーム・ソーダが忘れられない」という話になった。

義父、勲は昭和3年から6年の間、東大に在籍し、その間、東急の五島慶太の知遇を得て、息子の昇さんの家庭教師をすることになった。
ところが、昇さんは非常に出来が良く、教える事など全くなかったので、辞退を申し出た所、慶太翁から、昇は兄がいない、であるから兄として接してほしいとの事で、家庭教師兼兄貴という体裁で遊びと勉強と受け持ったのである。
昇は勉強も運動も抜群で、非常に素直で性格も良い,勲も非常に可愛がったという事であるが、時々わがままな所も出て、ある日は勉強中に「ああ、止めた止めた」と言い出し、女中に向かって「おい、出かけるぞ」と言う。すると女中さんも分かっていて、さっと、財布など風呂敷に包み立って、車を呼びに行く。
「勲さんも一緒に行くんだよ」というので、仕方なく一緒に車に乗り込むと、昇さんの希望通り、上野毛から銀座に行き、資生堂パーラーに着いた。
案内され席に着くと、「クリーム・ソーダ」と注文すると「勲さんもそれでいいでしょ」というのでそれにした。
白いアイスと美しいソーダ水、この世に、こんなに甘くて美味しいものがあるのかと、感動してしまい、以来、生涯忘れられない味になったという事であった。

イランとベネズエラ
2026/04/04

アメリカが正月早々ベネズエラを攻撃し独裁者マドゥロをアメリカに拉致した。
日本のマスコミは内政干渉と猛反発したが、独裁者がいなくなった事で現地ではそれほどの反発もなく、内政干渉と日本が騒ぐ必要もなかった。
トランプ大統領は石油利権を手に入れ、満足であろう。
かつて、日本も戦争に負けて、国民が喜んでいたのも事実だから、周囲が騒ぐこともない。

イランに関しては、2月末、イラン政府の首都テヘラン、核施設があるとされるイスファハン、軍事基地のあるミナブなどを攻撃し、一定の成果が上がったとしている。
今後の戦争の行方は不明だが、われら日本人には、キリスト国家とイスラム国家の争いは口を出さぬのが一番。
とにかく、両者は1,000年も前からいがみ合っているのである。互いの宗教の恐ろしさを罵りあいながら、戦争してきたのである。故にイラン攻撃が簡単に悪いと言えるものではない。

イランはイランの民主化運動があり、それに反発するイスラム陣営と民主化の争いがあり、それは、それは、常に何十万人の反対派の粛清の歴史であって、今回も宗教政府の弾圧で政府治安部隊が3万以上の民主化運動家を粛清されたといわれる。
我ら日本人の無宗教の穏健派には、イランの戦争に対して正義を振りかざす術はない。イランに行った事があるが、恐ろしい国だという事は知っているつもりだ。
更に、かつてイギリスが持っていた石油利権を、現イスラム政権が握り、殆どの石油を中国に売っているのであるから、アメリカとしては面白くない。故に理由を付けて攻撃するのも頷ける。
まして、アメリカの攻撃と同調して民主化運動が出てくると踏んでいたようだが、民主化運動はその前につぶされていたようで、連動して民主化が成功することはできなかった。

形は異なれど、両国とも独裁国家、国民は意外に歓迎しているかも。
次はキューバが標的になっているらしい。

世界で唯一の反戦主義国家日本には理解出来ないであろうが、世界的にはありうる。
自分たちの自浄能力がなけれ他者に求めるしかない。むしろアメリカが入ってくれてよかったかもしれない。
ウクライナの事もほどほどにして、ロシアが資金不足ならば、北方四島を買い取るとか考えないとね。

中川昭一 酩酊事件とその後
2026/04/03

中川昭一夫人暴露「俺はアメリカに殺される。子供達を頼む」
最近、ネットで、中川昭一、酩酊事件が怪しいと再炎上している。
今も尚、真実を求める声が益々増え続けている。

2009年先進7か国財務相・中央銀行総裁会議終了後の記者会見での酩酊事件があった。
そしてマスコミによる徹底的な大バッシングが連日連夜報道され、更に選挙地元の農家の主婦がひっぱり出され、したり顔で「地元の恥、絶対に入れない」と語らせる、激しさであった。
この会見によって中川昭一は名誉失墜、衆院選で落選、後に死亡となり、事件は闇に付された。

最近、夫人によって「俺はアメリカに殺される。子供達を頼む」という話が出され、これがきっかけになり、多くの人々から真相が求められている社会的騒動である。

事件は、会議終了後、中川昭一、玉木林太郎財務省国際局長、中川昭一財務大臣秘書、越前谷知子読売記者、原聡子記者、下土井京子ブルームバーグ記者の計6名が、軽い昼食を取り、赤ワイン1本だけを呑んだとの情報があり、其の後に起きた事件。

読売新聞が怪しいと考えられたが、読売新聞は頑なに否定。いまだに否定するが、その記者の説明も碌に無いまま、ただ否定。余計に怪しむこととなった。
更に事件関係者がその後、うまく生きていることも疑いの目が向けられる。

アメリカに都合の悪い人が暗殺される話は昔からあるが、近年は日本人が手先となって行動しているとの噂もある。そして怪しいと思われる人がその後出世しているのも特徴である。
怪しい事は間違いない、調べてもらいたいものだ。政府も読売新聞もあてにはならないね。

私は其の後、嫌気がさして読売新聞をやめました。
月々数千円の小さな反抗である。


青江三奈のCD The shadow of love
2026/04/01

青江三奈 “THE SHADOW OF LOVE” ビクター( CD )VICJ-182 (日本)

以前、book-offで購入しておいたものを、何気に本棚で見つけて聴いてみたら、非常に良かったのでメモ代わりに書いておこう。
このアルバムは、近年レコードで再発されるまでCDオンリーだったようだ。
曲がとても凝った作りで感心しっぱなしであった。

曲目も往年のファンに嬉しいSentimental journeyはじめ,Cry me a river, It’s only paper moon, The man I love, Love letter,等々続き、自身のヒット曲2曲もサービスという、念の入れよう。

参加のミュージシャンを見てもっと驚く、Mal Waldron, Freddy Cole, Grover Washington Jr, Eddie Henderson, Jim Powell, Ted Nash, George Mraz, Billy Hart,等々凄い人選で、知らない人がいない!。
マルのアレンジもピアノも抜群で、また兄ナットキング・コールのヒット曲を弟のフレディと歌ったり、グローバー・ワシントンのムーディーなサックスを効かせたり、まさにアメリカのジャズ・ボーカル作品のようで感心する。
さらに英語の歌詞に変えた、伊勢佐木町ブルースをBourbon street bluesにしたり、本牧ブルースはマルのアレンジもあって、実に見事!

こういう日本人歌手がジャズを英語で歌うと、観客の多くは待ってました、とばかりに英語の発音がどうの、皆さんケチを付けておるのだが、ケチを付けるほど悪いわけではない。
また、青江三奈だからか、お色気タップリなどと書いているのだが、そんなに色気が出ているわけではなく、優しさと丁寧だと言いたい。

とにかくジャズ・ボーカルとして風情が抜群の良い作品で感心した。
しばらく、私の常設の棚に入れよう。

春は別れ
2026/03/31

3月に、桜は咲けれど、別れの季節。

思えば、中学を卒業した時から始まって、友との別れあり、可愛かったあの子は親の転勤で遠くへ行ってしまった。
中学を終えると、進路はそれぞれで、別れ別れになってしまった。
高校でも卒業すれば更に、友はチリジリになり、もっと遠くへ行った。

卒業式と言えば「蛍の光」と「仰げば尊し」もあまり歌わなくなったという。
確かに尊敬される先生も減っているから、そんなことであろうか?

しかし、いずれにせよ、常に3月には別れが付いて回る。
今日は桜が満開だったが、風雨は強く、すでに散り始めた。
桜が咲くと必ず言っていいほど、嵐が来る、横浜では猛烈な強風であった。

花に嵐の例えもあるさ、さよならだけが人生さ!

顔面打撲
2026/03/28

4・5日前の事、友人と町田を歩いていて、マンホール蓋につまずいたらしく、転倒、防御も空しく、膝、手、顔面、と地面にしたたかに打ち付けた。
友人と通り掛かりの女性も助けてくれ、絆創膏を貼ってもらって家に帰った。
病院の検査結果も良好だったが、何しろ、まだ膝は腫れていて痛いので杖を必要としているし、目の上は傷が塞がったが内出血が誠に恥ずかしい。

病院で言われた事は、足が上がっていないからだと。
ちょっと頑張らないといけない。
なんだかなあ

通販リストの更新
2026/03/26

お世話になっております。
ホームページの商品リストを更新致しました。
何卒よろしくお願い致します。

レーベルの事, ニッパーやエンジェル
2026/03/21

レーベルのマークでもっとも有名なものは犬のマーク、ニッパー君で、なんと1900年頃だという。
ニッパーという名の犬が蓄音機のラッパの前で耳を立てている絵柄である。
ニッパー君は1895年に11歳で亡くなっていて、フランシス・バロードという画家のフォックステリアで、蓄音機の前で耳を傾けている絵の題名を「His master’s voice」と付けたという。
Victorが権利を取ったので、以後Victorの商標となり、英国ではレーベルにHis Master’s Voiceとし、各国の言葉で、例えばフランスならVoix son Maitre、イタリアではLa voce del padroneとなり、略してHMVとなった。

しかし、その以前にも絵柄のマークが存在した。それはエンジェル・マークであって、レコード盤の上に天使が乗って羽根ペンで音溝を刻んでいる可愛らしい絵柄である。
その後も、エンジェルのレーベルはクラシックの東芝盤で見ることはできる。

だがすっかりニッパーの独壇場となり、すっかりレコードのイメージと重なってしまった。
日本でもかつてレコード屋の店先にはビクター犬の置物がドンと構えていたのである。
私も当店を開いた際、ビクターの大きな置物を置こうとしたのだが、ビクター音楽産業は既にそのような販促品の貸出を止めていたので入手は困難になっていた、骨とう品屋で購入することは可能だったが、非常に高額だったので私も諦めたのである。

そういえば、日本ビクターの録音スタジオが青山にあった時、建物の玄関先にニッパーの銅像が置いてあった記憶がある。あれはどうなったのかな?

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