HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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衆議院選挙
2026/02/09

8日の衆議院選挙、夜、タクシーに乗ったら運転手さんが自民圧勝みたいですよ、と言われ、車内で話が盛り上がった。
家に帰ってテレビを付ければ、見る見る内に自民が300議席越え、感心していたら自民一党で2/3を超えたと。
夜中の3時過ぎまでテレビに噛り付いてしまった。
高市さんは、戦後のどの総理よりも偉大な総理だったということになる。
女性総理誕生も凄いと思ったが、2/3議席を単独で獲得したのも偉大である。

比例区で候補者が足りなくなって、14人分他党に差し上げたらしい。
比例区などという、こういう選挙のやり方ってどうよ?

NHKだけでなく、TBSも見ると、高市さんの暴走が始まると騒いでいた。
面白い局だなあ。



WYNTON KELLY “KELLY AT MIDNITE”
2026/02/08

WYNTON KELLY “KELLY AT MIDNITE” VEEJAY LP 3011 (USA)

かつて、MIDNITEというのは間違っていて、小さな会社だから字も知らないと馬鹿にしていたファンの方も多々いたのであるが、NIGHTは略してNITEと書くこともあるので学が無いなどと威張ってはならない。それこそ人種差別の典型である。
1960年の録音、こういうコーティング・ジャケや深ミゾの盤面を見ているだけで、さぞかし良い音がするに違いないと思ってしまう、まあ、好き者としては非常に興奮するものである。

さて、このアルバム。
ウイントン・ケリーのピアノの雰囲気がよく出たハード・バッパーとしての面目躍如盤なのである。音質もメリハリがあって、バシバシ決まるところが爽快な気持ちにさせられる。
A−1Tenperance から、まったくもってモダンジャズらしいピアノである。
2曲目のバラードも彼らしい聴かせ方を知っている演奏で見事。
さて実はこのアルバム、B面こそが真骨頂なのである。実は私、申し訳ないがB面しか聴かないのである。それほどB面の出来が良いと言いたいのである。
Philly Joe のタカタカ,タカタカというドラムに誘(イザナ)われて、ピアノが入るところの流れが実に素晴らしく、あまりの見事さにあっけにとられる。
こういう曲の入りの逞しさはがあって、歌心たっぷりで輝きのあるサウンドは聴いて心がリラックスしてしまうのだが、音楽は至って隙のない見事さで、良い仕事しているのである。
ノリとタメがあって、スイングして、良いジャズだなあと、感心して最後まで耳を傾けてしまう。

彼の名盤と言えば、Riverside ”Kelly Blue” や、Veejay ”Kelly Great”など、誰もが挙げるところであるが、ウイントン・ケリーの良さが出るのはピアノ・トリオ、そういう意味でも、このアルバムは聴くにはお誂え向きでもある。
ましてオリジナル盤の音の良さ・迫力は、余計に音楽が引き立つというもの。
それに、もう一つ忘れてはいけない、ここでのPhilly Joeのドラムの音がバチンバチンと決まり、出来が大変よろしいのである。

出来るだけ大きな音でお聴き下さい! と注釈を付けたいほどの作品である。

Ann Burton “It might as well be love”
2026/02/07

Ann Burton “It might as well be love” Turning point 30002 (Holland)

アン・バートンの1984年のアルバムで猫を抱いたジャケットが微笑ましい。
このアルバムは私の宝物である。なぜなら中に彼女の手紙が入っているから。

「手紙というのはプロモーションなのであるが、86年1月、パリのクラブ“Le petit Opportun”のマネージャー宛てで、内容はブロッサム・ディアリーさんから紹介されました。よって最新のこのアルバム、経歴、写真を同封いたします。あなたのクラブでの出演の可能性についてお聞かせください。このアルバムの事もお聞かせください。」
といった内容である。サインがあり、このジャケット・カバーに使われた、猫を抱いた写真も一緒に入れられている。

レターヘッドの名前の横に、うお座、猫好き、ベジタリアンと強調してある。
経歴は、ルクセンブルグで歌い始め、フラン・エルセン・トリオと本国で歌い、その後ルイス・バン・ダイクとクラブに出演していた。
68年に初アルバムのブルー・バートンはエジソン賞を受け、ドイツの評論家ヨアヒム・ベーレントから「温かみがあり、豊かな表現力と想像力で歌う歌手はほかにいない」と評された。
69年 コペンハーゲンで開催されたヨーロッパ・オールスター・ガラ・ショーでオランダ代表として出演。
71年 ロンドンに移り、オランダ人アーティストとして初めてロニー・スコッツ・クラブと契約。
73年、日本人の強い働きかけで日本ツアーを行い、日本のジャズメンと3回のレコーディングを行い、成功を収めた。
と言った内容である。

(私の注釈)70年代、数回の来日とレコーディングの成功により、日本において彼女はエラ・フィッツジェラルドに次ぐ大人気となったことは事実である。数年おきにアルバムをだしており、我々の耳に定着した。
ムードいっぱいの彼女の歌声は、嫌らしくない、優しいい雰囲気で、夜とジャズのイメージを決定づけ、以後、多くのボーカリストがこのようなムードと優しさを合わせた歌い方に影響を受けたのである。

彼女くらい有名になっても、仕事を探すことの努力は計り知れないものがある。
苦労するものなんだね。読んでいて涙が出てくる。

彼女は1933年生まれ、ナチス時代に父母は収容所に入れられ、彼女は隠れて生活した辛い少女時代だったようだが、ファースト・アルバムBllue Burtonは34歳であった。
当時オランダには欧州ナンバー1の歌姫と言われた、リタ・ライスがいた。リタ・ライスは10歳ほど年上で、50年代からのアルバムもあり大先輩である。しかし、アン・バートンがアメリカのボーカリストに影響は受けた事は出てくるが、リタ・ライスの影響はほとんど記載がない。まあ、気持ちは分かるし、スタイルも違うわけで、そこまではないかもしれない。
だが、リタ・ライスの存在は大きく、オランダにおいて、リタ・ライス、アン・バートン、グリーチェ・カーフェルドと三羽カラスとして欧州でも圧倒的な存在になった。
アン・バートンだけが89年に亡くなってしまったのは残念であった。

彼女の歌はどの作品を聴いても楽しめる。
良い歌手であった。

通販リストの更新
2026/02/04

お世話になっております。
明日の二月五日(木)にホームページの商品リストを更新予定です。
よろしくお願い致します。

マランツ
2026/01/30

マランツ
マッキントシュが1948年に始まり78回転SPから33回転10インチ盤からステレオと、レコードの進歩と共に進むのであるが、マランツは新しいというか、創業者のマランツさんは51年頃に自分用に制作したアンプから始まるようで、53年に開業。とにかく12インチの33回転レコードが出現すると歩調を合わせている。
マッキントシュより後発なのであるが、新しいだけに、ステレオ・アンプは決して遅れを取っていない。

マランツは53・4年にプリアンプModel1を、56年にパワーアンプModel2と当時の高級機を送り出し、以後順調に新機種の開発に勤しむ。Model 7 は 1958年に発売された。
面白い事に、#1がモノであったので、ステレオ使用に対応させるため#6というアダプターを発売したことである。ユーザーを大切にしたのであろう。このプリは一度聴いたことがあるが、なかなかの立派な音質であったので購入しようとしたのだが、機会に恵まれなかった。

1958年はステレオ・レコードの世界基準が制定されたのであって、その同年に「ステレオ・プリアンプ#7」を発表するという事は恐ろしく先見性があって、驚異的ですらある。#7は音質も含めすべて斬新であり、Phonoイコライザーはマランツの圧倒的技術であったし、なによりデザインもまた、其の後のアンプの元となったのである。フォノイコライザーは53年にRIAAが制定されたが過渡期であったためか、78SP、RIAA、Old・columbiaと対応し、ほぼこれで満足できるようにしたのも立派な措置であった。
面白い事に、真空管12AX7(ECC83)を6本も使っていて、シンプルな構成になっているのも感心する。
ところで、デザイン性が高い評価を受けたのであるが、信号の流れが左から右に流れるようにレイアウトされていて、左右対称と言われるのであるが、正面から見ると右側のツマミ4個は左側のツマミ4個より小ぶりになっている、そして、その右側に電源がある。わずかな違いで絶妙なバランス感覚。私はまるで日本人のデザイナーかと思ったほど繊細である。
今につづくデザインの力を見るのである。

マランツは#7の相棒としてパワーアンプ#8(B)を出す、#7から少し遅れて61年に発売されたもので、以後、#7と#8の組み合わせは、高級オーディオ・マニアの憧れになった。
#8は位相補正が施されたアンプとして高い評価を受けたのだが、EL34(6CA7)という素直な出力管も良かった。なにしろEL34はギターアンプにも使用されたので、入手し易い真空管でもあった。

ところで、私の使用機械は
マッキンはC-11 と MC30 X 2台 (時々MC-240)の組合わせか、
マランツは#7と#8の組み合わせになっている。
さて、マランツの方がシャキッとしていて、マッキントシュの方がパワフルであるのだが、どちらが良いかと言われると困るのは、初期の良質な真空管を、取り付けた方が良いのである。
従って、所詮、音は好みであるとしか言いようがない。

私は、まだまだ、古い真空管の良品を探しているのである。
困ったなあ。
困った、困ったコマドリ姉妹。

Hubert Laws 春の祭典
2026/01/29

Hubert Laws“The Rite of Spring” CTI
(邦題 春の祭典)
私も終活であるから、家の中 のレコードを整理していたら出てきた。
1970年頃の作品で、若い頃よく聴いていたので、懐かしくて久しぶりに聴いてみた。
いやいや、なかなかどうして、立派な作品で驚いた。

クラシック・イン・ジャズというか、全曲クラシック音楽のジャズ演奏である。
従って、日本においてキング・レコードら指示された宣伝以外は、当時はどのジャズ雑誌でもジャズマニアからも無視されていた気がする。
アメリカでも評論家のウケは悪く、失敗作と見なされていた気がするのである。

しかし、1曲目のフォーレのラヴァーヌ、2曲目のストラビンスキーの春の祭典と、悪くない、迫力もある。
メンバーがロン・カーターやジャック・ディジョネットが素晴らしいのだが、ピアノのボブ・ジェームス、パヴァーヌの出だしのギターの雰囲気の良さなど、優れた演奏であるし、何より言いたいのは、録音が素晴らしい。
ヴァン・ゲルダー録音といえば、そういうことになるのだが、それにしても音作りが素晴らしい。
レコードは音の良いのが一番と言われるのも頷ける。

彼ヒューバート・ロウズはジュリアード音楽院出身であり、クラシック系の人なので、やっぱりクラシックの味わいは無くならないと思われる。
しかし、良い作品になったものだ。
セベスキーのアレンジ力も見逃せない。
先週はA面を4回も聴いてしまった。

プロデューサーのクリード・テイラーは、60年代A&M時代ウェス・モンゴメリーの作品で大ヒットし、その勢いをもって独立、名前のイニシャルからCTIとした、徹底的にジャズ・ポップス路線を突っ走る。
考えてみればジャズのレコードマニアなど全体から見ればわずかな人数。売ろうと思えば一般大衆に受けないといけない。そう考えれば大衆路線も悪いものでもない。
それが、時代を経て後の人が聴けば、センスの優れた作品はキラッと光るものはある。
ここが音楽趣味の楽しいところだね。

McIntoshのアンプのこと。
2026/01/20

マッキンのアンプは過去の高級機である、しかし、1950年代から今に続く、圧倒的なオーディオ機器の会社である。

オーディオの世界は元々、ガレージメーカーが多く個人の資質によるところが大きく、企業として次世代に伝えていく事は困難であり、いつまでもチャンピョンでいられるはずもない。歴史というものはそういうものである。
しかし、「腐っても鯛」、その歴史とオーディオ界に果たした役割を思えば、それは圧倒的に偉大な企業であった。

会社は1949年創立で社員わずか10人であった。創立者はMcIntoshさんであるが、間もなく入ったGordon J. Gowさんの力によって同社のアンプは著しい進歩を遂げ、それに追随する多くの企業の指標となった。
早い話、日本のアンプはすべてマッキンとマランツのコピーである、と言っても過言ではない。
ガウさんは超マニアで科学者であったのだが、その仕事の進み具合も圧倒的であった。
当時として、非常に優秀な「ひずみ」の低減を成し遂げ、社内一貫生産で優秀なトランスを作り出したが、パラレルの巻き線は驚きの技術であった。
以来マッキンのトランスは私もそうだが、多くのマニアの憧れとなった。

初期のアンプから、ひたすら開発し続け、C4やC8といったプリアンプの発表、すぐにシャーシーにメッキを施したC30やMC60のパワーアンプを世に出した。60年に入るとMC240や更にパワーを上げたのMC275を発表し、すぐに、夜の空港の光のイメージからC-22という永遠のデザインのプリアンプを発表するのである。
それに安心する暇もなく、60年代終わりにはトランジスターアンプを出し、すぐにICのアンプも発表する。
89年に亡くなるまで常に最新のアンプを世に出したのである。

高度成長期、JBLとマッキンは憧れのシステムであり、増えた小遣いを当てにし、オーディオ・マニアの多くが月賦払いで購入し満足したのである。贅沢じゃのお。
日本の、JBLとマッキンの販売数の多さは欧米でも有名で、私が買い付けでヨーロッパに行った時、現地の何人かのマニアに聴いた話でも、日本のマニアに対する驚きと憧れであったと言われ、その話に私の方が驚いた。

個人的には、ガウさんが生きていた時代のアンプがマッキンの音であって、その後は違う会社の音であると、思っている。同社異音!
企業といえども牽引する「人物の音」になるのは当たり前である。

しかし、思えば私も,プリアンプはC-4, C-8, C-11, C-22, C26,C28,C-29と使い、パワーアンプはMC-30, MC-240,MC-275, MC-2105,MC-2555と、真空管、トランジスター、ICと使って来たのだが、それぞれが魅力的であった。
特に、今でも私はアルテック・スピーカーとマッキンの真空管の音が好きで、手放すことが出来ない。
かつてウエスタンのスピーカー等購入の誘いもあったがウエスタンには行かなかった、なぜなら、家庭のリビング・ルームで聴くのが私の趣味なのであって、オーディオ・スタジオ仕様のものは好みで無かったのである。
まあ、言ってみればアルテック、JBL、マッキン、マランツの辺りの機器で妻と一緒に聴くのが好みであった。
アンプもいくつか、歳と共にに手放してしまったが、何セットかは持っている。しかし果たしていつまで楽しめるのであろうか。


マッキンのアンプの魅力について、70年代のステレオ・サウンドの記事の記憶があって記したのであるが、今、ネットを見ていたら、なぜか、菅野沖彦の、その記事があって驚いた。
当時のオーディオの一関係者としてマッキントッシュへの尊敬と愛情のある立派な記事である。
好きな人は是非読んでいただきたい。

http://audiosharing.com/review/?p=1457

BUDDY De FRANCO “COOKING THE BLUES”
2026/01/16

BUDDY De FRANCO “COOKING THE BLUES” VERVE MGV8221 (USA)

盤は勿論のこと、ジャケットも非常に綺麗なモノ盤が入荷し、私は非常に嬉しい。
ジャケットも人気があるのでちょっと記すと。
ガラスの中にオモチャのソプラノ・サックスが入れられ、その向こう側に美女がいるという可愛らしい構図が、マニアに大いにウケたのである。

クラリネットはスイング・ジャズの時代では花形楽器であったが、BE-BOP以降ほぼ絶滅する。
メリハリが聞いて、リズムも強調され、元気でスピードが重視される演奏が持て囃されるようになると、クラリネットはジャズから無くなったのであるが、その中でクラリネット奏者といえば、ペリー・ロビンソンとロルフ・キューンとバディ・デフランコくらいしか思い浮かばない。たった3人。
時の流れは、実に残酷である。
しかし、しかしだ、そんな状況下、デフランコはクラリネットの楽器を愛し、懸命に演奏に努めたのである。
ロルフ・キューンはベニー・グッドマンと一緒に演奏していたので初期はモダン・ジャズとは言えない部分はあるのだが、デフランコはBE-BOPPからの根っからのモダン奏者である。

演奏は、モダンでありながら風情は圧倒的に良い。
さらに、ピアノがソニー・クラークで彼が24・5歳の時であったか、それほどハードバップのバリバリした感じはない、淡々とした様子でもあり、何より数曲オルガンを弾いているのだが、なかなかの腕前である。
ジャケットから漂う雰囲気も相俟って、素敵な演奏である。いい感じ!

かつて、このアルバムは別名「金魚鉢」と呼ばれ、もう一枚の「頬杖」と呼ばれた同時期の名盤「Sweet and lovely」の美女ジャケと併せ,コレクターに取ってマスト・コレクションの対象であった。
どちらも55年ころの録音で、どちらもトリオにタル・ファーロウを加えたクインテットとなっている。
タル・ファーロウは正確で落ち着いた演奏を聴かせてくれる。

クラリネットは、ジャズにおいてもスイング・スタイルのおっとりしたイメージが付きまとい、もっと言えば、私などにはチンドン屋というのかジンタというのか、あの侘しい音色のイメージが大きくて、「♪空にさえずる、鳥の声......」と耳の中でなってしまう。そのイメージは一生消えないだろうか?
最期にきて、休題閑話

末永く聴くことが出来る大人の良い演奏である。

通販リスト更新
2026/01/15

本日一月十五日(木)に本年度、最初の通販リスト更新いたしました。
よろしくお願いいたします。

世界にない、ギャンブル王国。
2026/01/09

日本は世界にない、ギャンブル王国。
街中にパチンコ屋はあり、テレビでは競艇、競馬、競輪のCMが有名人を使って流されるのだが、こんな放映が許されるのが、私は不思議でならない。
ギャンブル、賭け事。
年末にはドラマで、ザ・ロイヤルファミリーが放映され、多分有馬記念にぶつけたなあと思ったら、案の定、有馬記念の馬券の売上げは前年比約3割を超え、713億円と対前年を大幅に超えた。
一方、競艇のCMの多さは激しく、有名俳優がこれどもかと出演する。これも売り上げの増加は想像できるが、、2024年度総売上2兆5000億円、2025年度は2兆6,000億円と、かつての汚らしいおやじたちの客層だったのが、一挙に変化し、売り上げは過去最高記録を更新中。
しかし。笹野高史さんまで出演しているのには驚いた。

しかしだ、こんなにギャンブル天国で良いのか、公共の電波でギャンブルを奨励してよいのか?
テレビでもパチンコ番組など普通にあるので、別にどうという事もないが、日本ほどギャンブルを宣伝し、賭け事に誘う国も珍しい。
きっと日本人のマナーや良心を亡くしたいのだろうね。

それで不思議なのは、横浜市でカジノ建設を訴えたら、市民が大騒ぎで、結局潰されたが、あれは朝鮮系のパチンコ屋の差し金と、その流れのマスコミの行為だったようだ、と噂になった。
そうでなければ、競艇の宣伝に怒るはずだもの。
まあ、そんなものかもしれない。

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