HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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我が家のレコード・プレイヤー
2022/12/07

私の持っている、レコード・プレイヤーは何となくばらばらな感じであった。
やっつけ仕事のように、ガラード301がベニヤの合板の上に乗っていたり、ロングアームはキャビネットに収まり切れなくはみ出していたり、SMEのアームの重りが後ろに垂れ下がってしまっていたり。
キャビネットは自作しようかとも考えていたのだが、最近はそんな元気もない。
かといって近年の値上がりはオーディオ界も同様でキャビネットも高額になってしまって悩んでいた所、知り合いの修理屋さんが引き受けてくれ、ようやく完成に至った。
アームもオーバーホールしていただいた。

トーレンス124の一台は回転の立ち上がりがやや遅いので、アイドラーを交換したのだが、まだ改善していないので、プーリーがすり減ったのであろう。残念ながら、まだプーリーは入手出来ていない。もう少し時間がかかりそうである。

それでも、非常に満足するところまで来た。

アンティック・ラジオ
2022/12/06

アメリカの古いラジオ。
50年代かと思われる。
幅23cm 高さ18cm 奥行15cm 

会社 Emerson
真空管式

本国では、かなり人気らしく、結構な値段が付いているのだが、日本では骨董的にラジオは対象になっていないらしい。
どなたか欲しい人はいないのだろうか?
1万円くらいを想定しているのだが........

肝心のラジオの受信状況は、なぜかアメリカというせいかFENだけ微かに聞こえたが、ほぼ不可という事になろうか。
知り合いのアンプの修理屋さんに見せたら、修理費5〜6万ほど掛かるという話であったので、修理は諦めた。
値引き可

Chet Baker
2022/12/01

仕事の帰りにラジオを付けたら、ちょうどチェット・ベイカー特集であった。
紹介されたアルバムは「Sings」であった。

「That Old Feeling」や「It's Always You」等など、まるでカーオーディオをセットしたかのような雰囲気であった。

チェットの歌は良いねー。
ほかの歌手が持っていない、現代的なサラット感はあるし、それでいてちゃんとブルース感もある、心に沁みてくる歌である。
声が可愛い。
本職の歌手ではないという理由からとノリノリで歌うことが無い、それが余計に素敵である。
最後の曲「Look For The Silver Lining」で、うまく収めてあった。

歌はどんなに努力しても、持って生まれた才能に追い付くものではない。

家に帰って、シングスを引っ張り出して聴いてしまった。
一枚でほかのレコードを何枚も聴くような満足感がある。

心の中が、いっぱいになる。

枯葉がたくさん
2022/11/30

朝、散歩に出掛けると近所のおばさんがせっせと道路に溜まった落ち葉を掃いている。
その家の庭には大きなケヤキがあって、おばさんの話によると、11月20日から12月15日まで、私は日課として毎朝掃除をすることにしているのだと。

「大変ですね」と、声をかけたものの、私は頭の中で、きっとロンドンだったら、道路にはどんどん枯葉が積り、人々はその落ち葉を踏みしめて仕事に行くのだろう、と考えていた。

そして、その落ち葉は決してただ忘れ去られたように無視されたわけではなく、12月になってこれ以上、葉も無くなったと思えた日に、大掛かりな道路清掃の車と一員がやって来て、見る見るうちにきれいになって行く、そして、それを合図のように、しばらくすると雪が舞うのである、と。

日本のわずかな植木があるために、どれほど周囲の家に気を使うのか?
家の庭でさえ気を遣うのだから、公園の木になるともっと大変だ、

近所の植木から話は飛ぶ。
外苑の銀杏も切られるとか、騒いでいた。
文京区では長年道路にあった銀杏が切られると、市民が嘆いていた。
ロンドンなら決して木を切るなどという選択肢はない。

木を切っているうちは、後進国だね。

ふるさと納税
2022/11/29

家内がテレビで見た、岐阜県飛騨市の猫譲渡が画期的だと騒いでいたので、興味が湧いて調べてみた。

そもそも保護猫はどこの組織でも、老人には譲らないと伝家の宝刀の如く、威張っている。
ところが、飛騨市においては、老人に猫を飼ってもらうという。
そうすると必要が生じて、猫と老人の見守りを同時に行うというのである。
画期的な取り組みなのであった。

私は思うに、老人にはペットが必要である。
老人には、やはり老猫や老犬がいると精神的にも大変良く、飼うという仕事も増えるし、規則的な生活リズムを保つことが出来るという事は証明されている。
私も猫か犬が欲しいが、保護猫や犬が沢山いて、どこの施設も保護しきれなく殺処分している、にも拘わらず、老人だという理由で門前払いされているという、わけの分からない理由なのが現在の状況である。

老人は長生きしないから渡さないそうである。
だが猫の寿命は15年、老猫で10歳ならば、残り5年ほど、それなら私だってまだ5年以上は生きそうだ。

ふるさと納税など、した事がなかったが、飛騨市の「猫ふるさと税」はお返しがないのだが、手法が嬉しいので、初めて参加してみた。
ちょっと生きがいにもなった。

外国のお墨付き
2022/11/27

まだ、日本は観光地のユネスコ登録で必死になっている、いつまで続くか?
歴史的遺産に便乗して、観光資源としての客集め。

最近、日本酒もイギリスでIWCとかいうコンテストもあって、そこでの好成績をネットで訴えているのも多々目にする。
日本酒をワイングラスで飲もうとか。
我々は日本の酒をこれからはイギリス人などに選んでもらうことになったのかな?

日本酒も遠くなった感じがする。
これからはワインの時代かな。
自分に自信が持てないのか、お墨付きが欲しい日本人。
実に不思議。

諏訪の事
2022/11/23

仕事があって、岡谷(諏訪)へ行った。
私は仕事の場合、絶対に観光はしない事にしているのだが、今回は許してもらう。
これはチャンス到来とばかりに、念願の諏訪大社を巡ったのである。
諏訪大社は4つあって、湖の東と西に上社と下社があり、更に上社本宮、上社前宮、下社春宮、下社秋宮となっている。まず本宮と前宮、それから下社春宮、秋宮と回った。

私の従弟の神様に関する情報によると、家内の守護神が大国主命だと言う。
それで本来は出雲が主な神社となるのであるが、其の辺りの事では、奥さんは諏訪大社に行けという。諏訪と出雲は「近い」からという話である。

諏訪大社は出雲の国譲りの話があって、天照皇大神が出雲の大国主命に国を譲るように、建御雷之男神(たけみかづちのおのかみ)を遣わせた。
大国主命は反対しなかったが、その子の建御名方神(たけみなかたのかみ)が抵抗したが力比べに敗れ、結局、諏訪に行くこととなり、代わりに出雲に天に届く高い社を作って祀ることになったというのである。
ついでに述べると、学者の中には国譲りの話を史跡から解明しようとしている人もいる。
それは欧州においては、かつて単なる寓話としての概念しかなかったギリシャ神話をさらに丁寧に調査した結果、歴史を証明する事にもなった事実が多々出てきたからでもある。
そういう意味では、歴史の研究から見ると、日本ほど神話として記録が残っている国は珍しく、戦後のアメリカの教育で神話・神事すべて否定する事を強制されてから、歴史研究は自由をもぎ取られたままだそうだ。そんな話は置いといて、モトエ。

従って、私の家内の場合は諏訪がよろしいという事であった。
何しろ池田家には諏訪から嫁が来るのだそうだ。
そう言われると、親戚を見ると頷く事が多いのも不思議である。

私は家内の事ながら、諏訪の神々を回ってとても気持ちが落ち着いた。
最後に向かった、秋宮では、私の長野の親戚の材木屋から、材木を納入した記録も見ることができた。これも何かの縁、と嬉しいことであった。

途中、昼食で立ち寄ったレストランの玄関前に彫刻家・清水多嘉示(シミズタカシ)の大きな彫刻を目にした。清水は私の義兄が武蔵野美術大学で師匠だった人だし、我が家にも小さいながら彫刻もあるので、これも縁かと驚いたのであった。

良い出張であった。
仕事は? うーん、という事で……。

朝ドラ
2022/11/11

NHK朝ドラ。
人力飛行機が飛んでいるとき、とても感動した。


食べるシーン
2022/11/08

昔、何かで読んだのだが、日本のテレビドラマは「飯食いドラマ」と言われていたらしい。
食事のシーンばかり出てくるからで、下品なドラマであるという証拠だそうだ。
そういえば、かつての時代の、いかにも下品そうな西部劇ですらそうそう食べるシーンはない。

最近はドラマだけではない、バラエティー番組でもひたすら食べる。
長嶋一茂と高島ちさ子などが出ている金曜日夜の番組も食べる番組になってしまった。
何故、食べるところばかり写しているのか?

人が口を開けて、ものを食べている映像は、私としては非常に不愉快である。
それなのに、一日にいったい何回食べるシーンを見せられるのか?

もう勘弁してくれ。

ケーキのサバラン
2022/11/07

友人からいただいたケーキ、サバラン。
洋酒の味がしてなかなか美味しい。

若い頃は好きで結構食べていたのだが最近、サバランなどほとんど食べたことがなかった。
久しぶりに食べたらよい感じのケーキであった。

サバランとは、ブリオッシュにラムなど洋酒をしみ込ませたお菓子である。
かつてのフランスの有名な食通、ブリア=サヴァランに因んだ名前だそうだ。

そのブリア・サバランは「あなたが普段食べているものを言えば、あなたがどんな人か当ててみせよう」と言ったらしい。
さもありなん、食は人なり、で間違いない。
人は生きるために生きているのであって、故に食べるのである。

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