HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。
  
青虫の話 | - 2025/07/18
- 庭の青虫。
柑橘の木が小さいにも関わらず、あお虫が4匹もいて、すでに葉は食べつくされ丸坊主。一片の青い葉もない。 最後に一匹、細い枝にしがみついている。 そして、徐々に身体が縮んで来ている。実に可哀想。
私も近所から柑橘類の葉を取って来てあげたいが、生憎それらしい葉は見つからない。
自然界の厳しさよ。
(丸坊主になった木の先に、動かないアオムシ)
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スパイで逮捕 | - 2025/07/17
- 製薬会社社員がスパイ活動を行ったとして、中国で拘束され有罪判決。本人否定。
以前も、渡航歴200回以上の日中交流団体元幹部が、スパイ活動として6年間服役。
そんな話を聞くと、私は1冊の本を思い出す、 「日本国最後の帰還兵深谷義治とその家族」(集英社)。 彼は、先の戦争で中国でスパイ活動を行い、敗戦で帰国もかなわず潜伏中の1958年に上海で逮捕、20年間拷問を受け続け、1978年に裁判で無期懲役。同年、日中友好条約の締結で特赦、大阪に帰還するも翌年、松江家庭裁判所に重婚罪で審議。両国からいじめられた。
拘束途中、釈放に向く機会があったが、なぜか朝日新聞社員により、不利な情報を中国側に渡され、更に過酷な拘束に繋がったものでもある。
それに比べ現在のスパイ事件とされる案件は、中国側の気まぐれと思えるが、日本の国家たるもの、何が何でも助けるという意思が全く無い。まして、スパイでもなく、むしろ、中国贔屓の人たちが拘束されるのは、彼らの奢り、そして、日本人に対する共産主義国家の態度を甘く見てはならないという戒めでもある。
しかし、日本政府は中国人犯罪者には甘いなあ。
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イージーリスニング | - 2025/07/16
- 朝ラジオをつけたら「夏の日の恋」が掛かっていた。朝はイージー・リスニングも良いなあ。
しかし最近は聴く事もなくなった。 50年代〜80年代にかけて、至る場所で、多くの状況において、BGMとしてまたムード音楽として市民に親しまれたジャンルである。 演奏家によると、クラシックとポップスの中間に位置するという。
アメリカ代表はパーシー・フェイス・オーケストラが「夏の日の恋」をヒットさせ、イギリス代表はマウントバーニー・オーケストラがいて、フランスではフランク・プウルセルが「ミスター・ロンリー」(ボビー・ヴィントンのカバー)、ポール・モーリアが「恋はみずいろ」、レイモン・ルフェーブルは「涙のカノン」、と有名楽団が林立して、映画音楽にも大いに使われ、そのムードと音楽性を競った。その他、数多くの有名オーケストラがあった。 ほとんどがストリングスが主流であった。 その間を縫ってピアノのリチャード・クレイダーマンが「渚のアデリーヌ」で大ヒット。
その理由は激しいロックに対する反感もあるが、日本でも、豊かな生活に音楽が入ってきたこと、ステレオが普及した事が大きな要因でもある。何より音楽の必要性が高まったのである。
最近のある時、レコードの大量買取の依頼があったが、すべてイージー・リスニングばかり800枚、困ってしまい、友人に頼んですべて引き取ってもらった。 それほどイージー・リスニング音楽は日本人の生活に密着していたのである。
時々、喫茶店などでムードたっぷりの映画音楽やストリングスのイージー・リスニングを聴くと、あの時代は音楽が優雅で良かったなあ、しみじみ思うのである。
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映画 赤い河 | - 2025/07/15
- 西部劇「赤い河」1948年を観た。ジョン・ウェイン、新人のモンゴメリー・クリフトは本作で人気俳優になった。
以下、あらすじを述べるが、それは当時の西部のカウボーイが活躍した事実とほぼ同じ行為である。
最初、画面に「テキサス州チザム交易路の物語、偉大なる牛追いを成し遂げた男たちの物語」と紹介される。一体撮影の為に何頭の牛と馬が徴用されたのであろうか?凄いの一言である。 テキサスに牧場を作る事を決意、南に進み、居つくがダラスの遥か西方、リオグランデ川の近くである。 2頭の牛から1万頭の牛を保有するまでになったのであるが、1865年南北戦争が終結したものの、戦争の影響で牛を買う業者がいなくなったことで、牧場の経営は悪化、やむなく、サンタフェ・トレイルを通ってセダリアへ1万頭の牛を運ぶ大規模な移動をする。 そのルートはテキサスからチザムト・レイルを通り、1000マイルの距離を移動する事になった。途中、レッドリバーを渡ったり、インディアンと戦ったり、脱落者や仲間割れがあったり、最後は情報を持っている若い方が親方を追い出し、セダリアからついにアビリーンの駅に至るという話である。アビリーンはカンサシティの西方にある小さな町だが、西部劇ファンには重要で、ワイルド・ビル・ヒコックが保安官になった町でもある。
西部劇で重要な事があって、西部開拓時代はちょうど19世紀の事柄である。1800年初頭から1890年頃までにぴったり年代が収まる。途中1849年のゴールドラッシュがあり、1869年ユニオンパシフィック横断鉄道が開通した事。 この時代、牛の売買の為、テキサスから1000マイルもの距離を移動したカウボーイが活躍した時代である。 西部劇はこれらに関する人間と歴史の出来事がすべてである。
もう一つ、ファンには重要な事があって、テキサス北方のレッドリバーを1万頭の牛を渡らせるのは至難の業であり、牛を渡河させるのは非常に危険で、多くの牛を失うのが当たり前であった。またこの仕事でカウボーイが数人死ぬことも当たり前であった。 実際の話でもあり、西部開拓時代は死と隣り合わせの仕事であった。
ジョン・ウエインの映画は「駅馬車(1939年)」があるが、この赤い河(1948年)」と彼の2大傑作である。 アメリカの歴史と西部劇好きにはたまらない。まさに、19世紀のアメリカの西部の歴史の話そのものである。
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通販リスト更新 | - 2025/07/15
- 通販リスト更新いたしました。
よろしくお願いいたします。
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スタンダード曲 | - 2025/07/14
- 親戚のお姉さんたちと食事していて、スタンダード曲の「枯葉」を誰も知らなかった。
私は驚いたが、まあ、そういう時代である。 ジャズを演奏している人の中にも、イブ・モンタンなどのシャンソンの枯葉を聴いたことが無い人もいるらしい。 以前も「ジェームス・ディーン」を知らない人もいたし。 名曲「センチメンタル・ジャーニー」は松本伊代の曲だと言う人もいた。
時の流れは容赦ない。
我々「オールド・スクール」は、最早、オールドでもなく「クロージング・スクール(廃校)」と言うのか?
それでも安心するのは、「上を向いて歩こう」(SUKIYAKI)が、今でもアメリカで人気になっている事である。 嬉しいなあ、ジジイもホッとする。
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酒 | - 2025/07/12
- 酒を前にして
「酒無くして、なんの花見も さくものか」
一度は云って見たいものだ。 生憎、酒に弱いので、残念な人生だ。
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映画 路傍の石 | - 2025/07/12
- 今日見た映画は「路傍の石」。
1938年、戦前の山本有三原作の人気児童小説の映画化である。古いフィルムからなので、音質・画質も落ちるがやむを得ぬところ。 なんと主人公の子役は、風の又三郎を演じた同じ子役で驚いた。表情や仕草など、なかなかの演技力である。 貧しいが賢い子供「吾一」であったが、実の父親から進学も許されず、初恋の同級生の呉服屋に丁稚奉公に入るのだが、世の常で、女の子からも辛く当たられる。飛び出した吾一は東京の父の知り合いの下宿屋に行くのだが、そこでもいじめが待っていた。我慢できず吾一は、掃除していたランプを投げ捨て、家を出るのであった。 不幸のどん底で映画は終わる、という虚しさ。 観客も悲しさのどん底で、映画館の外に放り出されるという、ひどい扱いであるが、これこそ共感を得るのである。
昔の映画は、人の惨さや悲しさをさらっと表現するあたり、今の映画・ドラマにない素晴らしさである。 良い映画であった。
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風の又三郎 | - 2025/07/11
- 昔の名作映画も機会があれば時々観ている。
今日は「風の又三郎」観ることが出来た。 風の又三郎は宮沢賢治原作児童文学の人気作品、これの1940年、戦時中の映画で、若干音質も画質も落ちているものの、十分鑑賞に堪えうるものであった。 主人公の男の子の演技も素晴らしく、去って行った時の子供たちの「あいつは風の又三郎さ、二百十日の風に乗って北の方さ飛んで行ってしまったんだ」という物語の可笑しさが、転校して来て、また、去って行ってしまった級友への友情と悲しさを思い起こしてくれる。
転校生は大概、来たものの、すぐに去って行く。 映画を見ている誰もが経験した子供時代の転校生の中途半端な思い出が、次第に見る人の心に沁み渉る。素敵な映画であった。
さらに、かつての戦前から戦後に掛けての田舎での農家の家の造り。 例えば、玄関を入って左側に馬がいて、その土間を挟んで、反対側に囲炉裏の居間がある。そこで家族が食事をし、生活のすべてがある。 そんな情景はこういう映画を通して知ることができる。
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あんぱん | - 2025/07/10
- 朝ドラ「あんぱん」の視聴率が低調らしい。
たしかに我が家でも、前回の「おむすび」も見なかったし、今期のも見ていない。
あのさ、無理矢理に戦争の悲惨な状況をドラマに入れ込む必要はあるのか。 NHKは反戦思想を発揮し過ぎるのだよ。毎回そうなんだけどね。 上から目線で、戦争が悪い、戦争が憎い、を80年間ずっとやり続けてきたNHKにうんざり。
君達、かっぱえびせん、なんだよ。(やめられない、とまらない) 説明が必要なところが、私が駄目なところだな。
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