HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

前ページTOPページ次ページHOMEページ

禅寺丸柿
2021/10/12

地元の友人が親戚の家で収穫した柿だと沢山持ってきてくれた。
生っているそのまんまの柿で、自然な感じが嬉しい。

「禅寺丸(ぜんじまる)」という柿は、大きさは富有柿の半分程の小ぶりでやや腰が高い丸い形で、自然を感じさせるほのかな甘さである。
また半甘柿と言うのか、ゴマの部分は甘いが白い部分は渋い、実に野性的な果実なのである。
従って、甘そうなヤツを取ってエイヤッと噛みつくと、時々渋い物に出会う事もある、柿好きならでは醍醐味である。

なんでも川崎市麻生区の王禅寺という寺の近くで見つかった日本最古の甘柿だという。ネーミングも禅寺から名付けたものだと。
それを植える様になり、近隣である横浜市青葉区あたりでも、戦前までは沢山作られていて、稲の収穫が終わった農家がリヤカーに大量に積み込んで東京に売りに行ったものらしい。
その後、国内で柿の品種改良が急激に進み更に大きくて甘い柿が出回るようになり、押されてしまいほぼ消えてしまったのだが、地元の人たちが探し当て 区の柿として植えられたのだという。
といっても、商品化にはならないようで、少量が売られているのみである。

私は柿が大好きなので、筆柿とか、こういういわゆる半甘柿が年に一度は食べたい。
良いものだ。

SONNY ROLLINS “EAST BROADWAY RUN DOWN”
2021/10/11

SONNY ROLLINS “EAST BROADWAY RUN DOWN” IMPULSE A9121 (USA)

ロリンズのレコードは、サキソフォンコロサスはじめ50年代の評価が異常に高いのに比べ、ついでに言えば廃盤価格も非常に高価であるにも関わらず、第一次沈黙後復活した62年のThe Bridgeからその評価の低い事。
見ていて悲しくなる。
また、評論家などの低評価をこれ幸いに、これでもかと上目線でこき下ろすブログなど、理解しない人々のいかに多い事か、これはなんという事か。

ロリンズは59年から62年までも沈黙の間、何をしていたのか?
彼は、ジャズ界に襲い掛かった、モード旋風の中にあって、モードに依らずとも自由な演奏が出来るに違いないという信念に基づき苦心していたのである。その結果が満を持して世に問うたThe Bridgeであった。まあ、一部には評価されたものの、観客が付いて来ずRCAも困ったことであろう。音楽産業に乗っている以上、売れてなんぼの世界である。
モードの旗手になったコルトレーンは英雄にされた。
しかし、ロリンズはモードを理解できなかったダメなヤツとレッテルを貼られてしまい、ハードバップでも、新主流でも、フリーでもないジャズメンという事になった。
日本のフリージャズ系の評論家達も、ロリンズをこき下ろした。

しかし観客にとっては、その間Alfieという大ヒット作もあり聴き易いノリノリなジャズをやりながら、一方前衛色の強い音楽を演奏するのかという、戸惑いが生じたのであるが、彼の大らかさはそれに気にしなかった。
RCAでの不評は続き、IMPULSEに移籍し、66年1月録音のサントラのAlfieが大ヒット。コルトレーンも近づけない豪快なテナーを聴かせ観客が復活と喜んだのもつかの間、同年5月に録音したのが当作品。
ドラムはコルトレーン楽団から不要になったエルビン・ジョーンズ、ベースは現役のジミー・ギャリソン、それに新主流で絶頂になったフレディ・ハーバード。これは何か起きるはずと期待に違わぬ、凄まじい演奏である。
作品はA面一曲のみのタイトル曲に止めを刺すのだが、豪快なテナーから入って行く、あくまで黒人ジャズの伝統を踏まえ、しかもそれに芸術性に新しさがある、誰もやっていなかった音楽であり非常に前衛である。
すでに彼はフリージャズという枠に限界が来るのを理解していたのであろうか。
チャールス・ミンガスの直立猿人が永遠の前衛であるように、彼もまた前衛は常に前衛である事を証明して見せた。
聴けば、ジミー・ギャリソンの長いベースソロも、エルビンのジャズ=民族性から決して逸脱しないドラミングも、フレディのハードなソロも、フレディとロリンズの掛合も、フリージャズっぽくピーピーやって見せるロリンズも、見事に尽きるのである。
途中でひょっとして循環奏法をやっていると思えるが、音質の点で勘違いなら許されよ。
これは、ピアノレスによる表現などから始めた彼の到達点となった作品でもある。

ところで、このアルバムはやはり世間の評価は低く、売れなかった。
コルトレーンより低い事は無いにもかかわらず、社会は理解してくれなかった、コードでもって新しいジャズに切り込んだ彼だが、演奏が観客には理解出来なかった。
以後、再び沈黙し、ライブ録音などはあるものの、メジャーレーベルでの録音はしばらく待たねばならない。
当時、彼の復活を待っていた私の気持ちを一体だれが理解してくれようか。

クリスト、凱旋門を包む
2021/10/08

クリストとジャンヌ・クロードの夢の巨大プロジェクト
凱旋門を巨大な布で包むプロジェクト、いや作品。
クリストとジャン・クロードによるラッピング・アート
本年9月18日に公開された

クリストとジャンヌ=クロードにとっても念願の仕事だったのだが、2009年奥さんのジャンヌ・クロードが亡くなり、残ったクリストは執念を燃やしていたものの昨年の春の予定にしていたが、コロナ禍で延期中止、その直後5月クリストが亡くなってしまった。
しかし、執念は生きていて、遺志を継いだプロジェクトはついに作品を作り上げたのである。

それを聞いた、私の姉と遠くに住んでいる娘も駆けつけ、ほぼ毎日作品を見に行ったのだという。芸術家は優れた芸術を好む!
大いに感激し、興奮冷めやらずという感じで電話が掛かって来た。

その時、姉が「あなたあの時の布いる?」
私「いる、いる、欲しいよ、欲しいよ、絶対」
「じゃ、又明日も行くから貰ってきてあげる」
という話になり、何度も通って5枚入手したという。
とても苦労したんだからね!という念押しも一緒について来た。

どうやら、解体する時に小さく切り来場者に配ったものらしい。
一辺が5センチほどの大きさである。
布は、表面は銀色、裏面は青。
多分荷造りの紐のような軽い素材にアルミのコーティングか何か施したものと思われ、かなりの強度がありそうである。
せっかくなので、額に入れようと思う。

2021/10/03

コロナ・ワクチンの接種以来どうも体の調子が悪い。
元々弱い方でもあり冷え性でもあるので、それがここの所風邪っぽい感じが抜けない。
寝ていてもずっと夢を見ている。
それも、歩いていると道が無くなってしまうとか、家内に置いて行かれてしまう夢とか、足がだるくて歩けないとか、蛇が出て来て怖く手仕方がない等々、怖い夢ばかり。

それで思い出したのだが、作詞家の西城八十は晩年、娘に「お前に良い音のする銀の笛を買ってあげた」、という夢と見たと語ったらしい。
なんという素敵な夢であろうか。

私のどうしようもない夢と比べると、なんと上品で愛情にあふれた夢であろうか、我ながら情けなくなる。

GRUPPO NUOVA CONSONANZA
2021/10/02

本日、ご来店のお客様。
GRUPPO NUOVA CONCONANZA (IMPROVISATIONEN) GRAMMOPHONE
のレコードを買いに来られたのに、私は売れてしまいましたとお断りしてしまいました。

しかし、その後、棚を見ていて出て参りました。
ちゃんと探さず申し訳ございません。
せっかくご来店頂いたのに....


後日、
連絡が取れました。
ありがとうございます。

THE DIAMOND FIVE “BRILLIANT"
2021/10/02

THE DIAMOND FIVE “BRILLIANT" FONTANA 680 520TL (HOLLAND)

今回のレコードは、オランダの第一級グループ、ダイモンド・ファイブの64年の作品。
メンバーはピアノのシーズ・スリンガー(Cees Slinger),サックスの名手ハリー・ベルビ-ク(Harry Verbeke),トランペットのシーズ・スメル(Cees Smal)など、皆一流のオランダの代表選手ばかりである。

開店当時お客様から「おじさん、ダイモンド・ファイヴのレコードある?」と訊かれ、「さー知りませんね」、「ダイアモンドがジャケットになっている」、「さー」と答えるしかない。
それが買い付けでオランンダの知合いのオジサンから見せられたのがこのアルバムであった。
1,000ドルと言われブッたまげたのである。

ジャケットはジャズには珍しく、ダイモンドのカットの見本を五つ並べたデザインで、これが我々五人はダイアモンドのような最高なプレイヤーなのだと自信たっぷりに大きく出たものである。
本国オランダにおいても大変なレア盤である。

オランダは人口が1,500万人位と小国にも関わらず、といってもヨーロッパ諸国はどこも人口が少ないのだが、音楽好きなのかジャズも盛んで、かつて渡欧したアメリカ人ジャズメンもいたりする国なのであった。
したがって、オランダ人のジャズはかなりアメリカ・ジャズに近い雰囲気を持っている事がある。
しかしアメリカの黒人ジャズに比較すれば、ややサウンドは軽い。
後年、その軽さがウケたのである。スッ、スッ、と音が引けて行くその歯切れの良さも一つの特徴的な雰囲気を作り出す。
全6曲、スタンダード曲は無く殆どが彼らのオリジナルである。しかし、どの曲も親しみやすいメロディーで高水準な演奏であり、一音聴いただけでどこかで聴いたような気持にさせられる、曲造りの巧さもある。
全曲はずれがない。
実にオーソドックスなモダン・ジャズである、そこも私が気に入っているのである。

毎日仕事柄、多くのジャズのレコードを聴いているが、最後まで飽きずに楽しく聴けて、疲れなくて、そして良い演奏、そんなレコードはそうあるものではない。
そう思ったときある大会社の経営者から聞いた言葉が浮かんだ。
人間、当たり前の事を当たり前にやるのが最も困難なのだ。

ちなみに彼らのこの時期の作品はこのLPの他7インチが5枚あるだけで、その後は73年の一枚だけ。
7インチの方もいずれも名演で本当に外れがなくマニア垂涎盤である。うち3枚はLPに編集されてオランダ・フリップスで発売されたことがありこちらは比較的入手がしやすい。

あの当時は何十万もしたレア盤であった。

コロナのワクチン
2021/10/01

アメリカのワクチンなどは、トランプ大統領がワクチンを急いで作れと命令したのではあるが、只命令しただけではなく、現在どこでそのような研究者がいるか、個人・研究所・企業問わず探し出し、これと思える人または組織に、過去の実績一切問わず、どのような助けがいるかまたどれほどお金が欲しいか訊き出し、非常に大きな金額を提示し、お前がやれと命じたようだ。
その結果があっと言う間の完成に至り大量な製造まで可能しした。
例え完璧でないにしても、一番を取った事の大きさは国家のプライドのみならず、これで世界中の国々から一体いくらのお金が流入したであろうか?
恐らく、国民にばらまいたお金などすで回収したと思われる金額である。

日本の総理も、日本人が馬鹿にしていたトランプさん程も頑張った風でもない。安倍さんは国民に不要なマスクを配ったのみで、菅さんがGOTOキャンペーンとオリンピックで感染を拡大した人であった。
次回衆院選、自民党危うし。

厚労省も頑張った形跡はなく、製薬会社を上から目線で監督しているだけにしか見えない。いつもノロノロとおっとり刀の「医薬品医療機総合機構」は、アメリカから買えと言われた、また欲しがったのか知らないが、電光石火の早業でファイザーなどのワクチンを承認したのも、しょせん植民地の体質そのもの大いに笑える話であった。普段威張っている人ほど権力に弱いと言う通りである。
実にオカシナ組織である。
関連省庁もテレビ、ワクチンをどこに回したの、マスクをしろだの言うだけであった。

今回のコロナで厚労省・保健所等々、役人のだらしなさは目に余るものがある。まあ所詮 国の為に何かをしよう等と考えている人達では無い事は間違いない。
それを本人たちはよく理解したであろう?

今月から自粛も解除、いっそのこと、飲食もすべて自由にしたらよいのに。
どうせ12月に波が来るならそれはそれでよいではないか?
ワクチン接種も進んでいることでもあるし、アメリカではもうすぐ特効薬が製造にはいるとNHKラジオのニュースで聴いた。
日本製なら時間が掛かるが、アメリカの薬ならすぐに承認になるので安心だ! ?

コロナの予防接種
2021/09/30

コロナの予防接種をした。
1回目は何んでも無かったが、2度目の後がいけない。
2日目に熱が出て体がだるくなり、寝込んだ。
さて3日目は熱が下がったものの、今度は頭痛がしてどうしようもない、抗体が出来ているんだから我慢しろとみんなに言われていたのだが、夕方、我慢できず頭痛薬のカロナールを飲んだ。
寝る頃になってようやく落ち着いた。
4日目もようやく落ち着いたとおもったのだが、少し頭痛が残っている。
身体は不調である。
家内には、重症化しないのだからそれでも良かったんじゃないの?と言われるが、合点が行かない。
ここまでダメージを与えるとは、なんという、ひどいワクチンなのであろうか。
これが世界中で、大歓迎して我先に接種しなければならない程の物とも思えない。
急いで作られたものだけに、雑で有る事は間違いない。

早く日本製が出来ない物か?

開店した頃
2021/09/26

ここの所、急に寒い日などあって体調は良くなくぼんやりしてなぜか昔の事など考える。
私はこの店を始めて21年経ってみて、よくも、まあ無事に続いたものだとつくづく思うのである。
そして店を始めた頃の出来事を思い起こして見ると、なぜレコード屋に行き着いたのか、不思議な気持ちにもなる。

当初はレコード屋などという選択肢は全くなかった。
バブルが弾け、やがて会社でもリストラが始まり、退職金2倍の餌に釣られ53歳で退社。
今思えば、50代の男の行く所等有るはずも無いのは当たり前なのに、何となく3・4社の入社の話、会社設立の話等々色々あり、のんびりしていた私であった。
退社2年後になって、ある日全ての話が実現不可能であった事に突き当たる。
退職金は使ってしまった。
さてそこで初めて、一体自分とは何者か何が出来るかと考えたら、サラリーマンという職業は仕事という意味では全く何も無く、ただ会社という人間関係の中にいる事が職業であった事が理解でき無能ぶりに恐ろしくなった。
そこで思ったのが、長年続けてきた4000枚のジャズのレコード・コレクターだけが才能かもしれない。
選択肢は二つ、まず「ジャズ喫茶」長年に渉って蒐集したレコードを聴かせコーヒーを出す事。
そして今までのレコードを全部売ってゆく「レコード屋」、この2点のみで有る事がはっきりした。
再度考え、プライドは高いが儲からないジャズ喫茶ではなく、プライドは低いが儲かりそうなレコード屋になろうと決意。
今までの趣味をお金に換える事を決意。

それで、あちこちを歩いて店探し。
そこで四谷三丁目に店舗決定も、その間は難航続き、ある狙った場所ではビルの持ち主の面接と言うのがあり、そこの家の大学生の息子が出て来て、「レコード屋ですか、どういう客か分かったものじゃありませんね」と50過ぎの親父が大学生の面接を受け、落ちたりもした。
有限会社にしようとして、四谷三丁目の富士銀行に創業資本金300万円を持って口座開設に行くと、企業融資の担当者の所に行かされ、担当者曰く「そういう個人の会社設立は我々には迷惑なんでお断りします」とはっきり言われ口座も開けない。なんという個人になった時の己の力の無さ、無力感が増す。
かつての会社の経理の知合いに電話して当時のメインバンクの、りそな銀行で口座開設してくれたのは助かった。そうなると良い事も続くもので、新宿区は良い所で、開店資金などの支援も多いのも助かった。
さて、なんだかんだで店も決まり看板も頼み、開店一週間前、なんと火事に遭遇。
ある朝、歩いていると消防自動車が数台来ていて、この寒空に可哀そうにと軽く考えていたものの、近づいて行くとウチで無ければ良いのだが、もっと近づくと何で私がこんな目に会わなくちゃならないのか!という絶望感が押し寄せた。人生終わったなと死を決意。
内装を頼んだのが知り合いだったので、火災保険にも加入しておらず、しかも、こっちも被害者だとちゃっかりお金は請求され、いきなりマイナス・スタート。
事故3日後にその時の、りそな銀行の担当者が来てくれ、「いまから一カ月以内に頑張って店舗を探しなさい、私はそれまで銀行に報告しないで待つから、決まったら急いで創業資金を貸します。ここが頑張り時ですよ」と帰って行った。それでハッとし、場所を変えて新宿西口の今の場所に来て、毎日歩いて必死に店探し、ちょうどこの店舗に落ち着いたのである。
あの時の自分の行動の素早かった事。また、あの時の行員が神様に思えた。
結局、退社後2年間色々挑戦したのが良かったのだと思った。金のほうは目標がちゃんとしていれば何とかなる。
あれから21年、あの頃は一日も休まず、夜10時まで働いた。けっして低姿勢では無かったが、必死に良い物を仕入して、良い物を必死に売った、一生懸命だった。毎日開店して7千円売れれば今日の家賃が払える、ああ、これで昼ご飯が食える、と細かな金勘定の日々だった。

私が今まで続いてこれて幸運だったのは、お客様に恵まれた事に尽きる。
今はちょっとサボり気味だなあと反省する。

黒猫ブル
2021/09/17

相当ボケが進行している20歳の黒猫ブル。

昨日は私の所に来たので、抱き上げ椅子に腰かけたら、私の太腿に親指ほどの大きさのウンチをした。
テーブルの上にあったティッシュペーパーを手繰り寄せ、必死につかんで捨てた。
ズボンをはき替えたりてんやわんや。

その後、お母さんの横に来て座ったとたん、オシッコをした。
大騒ぎ。

しかし、ブルは当然のような、いや自慢げな顔をしている。
人間も、かくありたい。


前ページTOPページ次ページHOMEページ

 Copyright 2025 HAL'S All right reserved. Initial up at 2001