HAL'S DIARY
オーナーのひとりごと。買付けの裏日記など。
きまぐれに更新しています。

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BOOKER T & THE MGS “GREEN ONIONS”
2018/10/29

BOOKER T & THE MGS “GREEN ONIONS” STAX 701 (USA)
MONO盤のオリジナル! 非常に珍しい。 

今日は青春に戻ってソウルの一枚、いや僕にとってリズム&ブルースの最重要作品なのである。
聴けばいきなり興奮シマクラチヨコ。
心も踊る、身体も踊るという一枚。

私の若い頃、R&B全盛時のディスコで掛かった、大傑作である。
これが掛からないと場が締まらないという一枚。
僕が67・8年頃新宿で遊んでいた頃に盛んに店で聴いていたので、その頃かと思っていたのだが、何と意外にも、もっと早い時期で62年の作品だと。
日本の流行は遅かったんだね。いや違う、何年も君臨していたというのが正しい。
この冒頭のグリーン・オニオンがアメリカでも大ヒットとなり、日本においてはラジオではボチボチしか掛からないのだが、その代わりにディスコやクラブでは常連曲であった。
良い時代だったなあ。
曲の出だしを聴けば、グリーン・オニオン!と声が出てしまう単純明快で個性的な曲調。

このバンドの名前BOOKER T and MGS という名前が何処かとてもカッコよく思えた。
それで考えてみたら、リーダーのブッカー・T・ジョーンズと言うのは本名らしく、なんと彼が卒業した高校もまたブッカー・T・ワシンントン高校という。
きっと地域の名前がそんな名前だったのだろうか?いやいや、ブッカー・T・ワシントンとはかつての、キング牧師などよりも以前の黒人解放運動家なのだ。
そこから取った高校の名前であり、また、そこから取った彼の名前であろう。
彼の名前こそ、黒人解放に尽力した英雄にあやかった名前でもあるが、こうして有名になり社会に黒人の音楽を認めさせた功績は大きい。
それだけでなく、ベースのドナルド・ダック・ダンは幾多のヒット曲を提供し、オーティス・レディングはじめ、ウィルソン・ピケット、サム&デイヴらの録音などにもスタジオ・ミュージシャンとしても八面六臂の活躍。僕の青春の全てのソウルメン達と音楽関係仲間。
南部のソウルの代表グループとして不動のバンドである、ところがよく考えてみたらドナルド・ダックさんは白人なんだなあ。それが、アメリカの音楽の中心地メンフィスのいかにも黒人サウンドなのだから分からないものだね。
しかし、素晴らしいとはかくなるものである。

それで更にしつこいが、もう少し書くならば、BOOKER・Tが18才の時の作品という事であって、いやはや、立派な人であった。参った。

BARBARA LEA “A STRAW HAT FULL OF LILACS”
2018/10/28

BARBARA LEA “A STRAW HAT FULL OF LILACS” PRESTIGE 45-101 (USA)
EP

さても珍しいEPレコードである。
バーバラ・リーの名盤PRESTIGE7100盤LEA IN LOVEから落ちた一曲である。
1957年5月1日の録音であるが、原盤に一曲入れなかった曲があって、それがハープのADELE GIRARDと二人だけで録音したものである。
唄は、バーバラ・リーの優しい声とハープの豊かで心静かな音がマッチして、なんとも言えない、ほのかな愛に満ちた、幸せを運んでくれるような良いボーカル作になっている。
原盤に入らなかったのは、他の曲がコンボとの共演なのに、ハープ1つではちょっと合わないと思ったのだろう。しかし、そこは製作者の思いだったのだろう、EPにして出したという事である。

バーバラ・リーのファンには是非知っていて欲しい、なんとも珍しいコレクターズ・アイテムのレコードである。
ところで、この曲は後の再発OJCやCDには入っているので、聴けることは可能である。
したがって、私の話はマニアにだけの話である。

ところで、ADELE GIRARDという女性は1913年生まれのハープ奏者で、ジャズにハープを持ち込んだ初期の人だった。ハープと言えばDOROTHY ASHBY(ドロシー・アシュビー)やアリス・コルトレーンしか思い出さないが、彼女の場合はジャンルがスイングやデキシーだったというから、やっぱり年代がちょっと先の人はどうしたってそういう事だとしか言いようがない。この録音の時も既に44・5才であるだけに、落ち着いた感じの良い演奏で、感心させられる。

さて、バーバラは、1955年A Woman In Love(RIVERSIDE、RLP2518)でデビューするや、56年にはPRESTIGEにBARBARA LEA(7065)を吹込み、その後が57年のこの時の録音LEA IN LOVEである。
言って見れば絶頂期の歌である。
したがって、当然、溝に刻まれたその音質は至って良好なのである。


写真はもう一方の面、MOUNTAIN GREENERY の方を写してしまった。


鼠の子
2018/10/25

朝、猫と庭を歩いていると猫が何やら見つけたと大騒ぎ。
見ると、鼠の子が死んでいる。

きっとカラスか何かが捕まえて咥えてくる途中で落としてしまったのだろうか。
なんとも迷惑な話である。
仕方なしに猫をどかし、可愛い小さな体をシャベルですくって袋にポイ。

神の救いを。
ああ。

オルトフォンのカートリッジ
2018/10/23

以前から一度使って見たかったカートリッジ。
オルトフォンの「デンマークス・ラジオ」というの。

やっと入手。
油汚れなどがあったので、クリーニングとメンテナンスが終わり、ようやく使用可能となった。

横に、DENMARKS RADIO と記載があり、製造番号も刻印されている。
なかなか見た目もよろしい。
頭部に70という数字が見えるが、これは年号ではなく、70μ半径を表しており、SPレコード用と言うことだが、勿論、LP用の25μに交換されている。

デンマークス・ラジオとなっている通り、デンマークス・ラジオ局に収められたものである。
デンマークス・ラジオ公共放送だが、1959年からその名称になったので、このカートリッジも59年からの製造であるという事は分かる。
但し、長い間、かなりの数が作られていたようだ。
しかし、物が出て来ないのは、放送局故に使用後破棄されたものが多々あったのであろうか。そうでなくとも、CD時代になった時に新品でもタダ同然に売られていた事が普通にあったのであるから、数が無いのも仕方のない事である。

肝心の音質のこと。
そもそもオルトフォンのような高級機はクラシック音楽再生のためのものであり、ずばり言えば、ジャズに適しているとは言い難い。
それでも私などがオルトフォンを使っているのは、音楽の表現力という点において優れているからで、昔の製品は、そのロマン主義の絵を見るごとき上品さは他社に比較し一日の長があり、素晴らしいものがある。

従って、ジャズを聴こうとするとリズムの音の強さにちょっと劣る、その部分を.....
その意味においてオルトフォンの中でこの放送局用カートリッジは優れている。
思えば、このラジオ局でも58年頃には、ジャズも放送で流す様になっていた。ジャズ・ポップス時代である。
放送では従来のカートリッジでは面白くなかったのであろう、その為に開発されたカートリッジがこれ放送局用なのだ。

しかし流石、本国デンマーク、自国の放送局のために作ってしまうとは。スゴ過ぎるぜ。



プリンの事
2018/10/22

夕方、疲れて甘いものが食べたくなって、1階にあるセブンイレブンに行きプリンを購入。

森永のプリン。
それで、食べていて、ふと目が留まってしまった。
プリンには焼き色が付いている。
しかし、入れ物がプラスチック。
という事は如何なる手法により焼き色を付けるのか?
他の金属の入れ物で作り焼いてから、最後にポンとプラの入れ物に移すのか?いやいや、まさかそんなコストのかかる事をするはずがない。

はて、さて。
オジサン考えてしまったのよ。

困ったとき...、ジイジと言えどそこはそれ現代人だもの、すぐにネットに手が伸びるのよ。
出た出た、ちゃんと出てきて、特許を取っていたんだね。
恐るべき森永製菓、安倍首相の奥さんの出身だけじゃないのね、こんなところでちゃんと特許を取って、他社が真似出来ない製法を編み出すとは。

オジサン感心しちゃった。
写真が汚いけど、食べてしまってから気が付いたので、勘弁。

菅野沖彦
2018/10/20

今月の13日に菅野沖彦が亡くなられた。

思えば、日本におけるオーディオ評論家の第一世代が終焉を迎えたと言う事でもある。
アメリカで1930年にSPレコードが売られ50年と同時にLPレコードに変わったあたりから、オーディオ機器が次々と発売されるに至り、当然日本においてもその洗礼を受けたわけで、ステレオが出現したあたり60年代かから、日本は経済力に支えられ世界トップのオーディオ大国となった。

日本における評論家は、池田圭さんから始まり、何人もの評論家たちの活躍により、そのブームを牽引してきた。
また、レコード全盛〜CD時代と、良い時代であった。
雑誌ステレオ・サウンドにおいて、菅野さんのお宅訪問は、なんだかんだ言いながら、楽しく読ませていただいた。
レコード時代の雑誌ステレオ・サウンドは、ちゃんと読めば各人の主張がしっかりあり、読んでいて興奮して来て、実に読みごたえがあった。

しかし、オーディオとは個々の感覚の趣味から来るもの故、弟子がいたとしてもそのまま立派な評論家とならないもので、また、新しい評論家もちょっと小粒感が拭えない所もない訳ではないが、私は今後に大いに期待する。
現在の高級オーディオ機器が高額になり過ぎ、もはや大衆性は失われてしまって、金持ちだけの楽しみになった。
そういう意味において、評論は大変な仕事である、しかし、それでも尚、面白い所でもある。

まあ、一つ時代が終わったという事は、評論家だけでなく、我々の世代のオーディオ好きも、そろそろというところか。

軍事郵便
2018/10/18

家の片付けをしていたら、棚の中から出て来た、こんな手紙。
戦時中、家内の父親がフィリピンから家族に出した手紙。

内容は戦時中ゆえに大したことも書けず、元気でいる事を願ったものだが、それはともかく、軍事郵便とハンコを押し、検閲済となっている物々しさ。
いや、こういう戦争はいやだな。


黒い猫
2018/10/17

朝食でよく人の椅子を取ってしまう黒い猫。

さ、誰がお皿のご飯を食べてしまったのでしょう。
目を細めて、さあ、知らないね。



JACKIE McLEAN/JOHN JENKINS “ALTO MADNESS”
2018/10/16

JACKIE McLEAN/JOHN JENKINS “ALTO MADNESS” PRESTIGE 7114 (USA)

なんというレア盤であろうか!
私がコレクターであった頃、なぜかついに入手が叶わなかった逸品である。
なぜならば傷だらけなものが多く、良好な状態のオリジナル盤には、ほとんどお目にかからなかったからである。
確かに店を始めてからも、あまり入手した事はない。

このアルバムのジャケットを見ていると、アルト・サックスが二本、向かい合わせに書かれている。
まるで墨の勢いのままに書いたようである。それが左右対称にしてあり、実に西洋美術の美を感じさせ、そこにALTO MADNESSと二段にちょっと斜めにして書いたところが、見事なデザイン力である。
色合いも紫で塗ってある。紫とは高貴な色であり、また相反する下品さも含む色である、それらを含めMADNESSすなわち狂気とは良くぞ言った。
紫の色合いが一枚一枚微妙に違う事が多く、その辺りが実に興味深いものがあるのだが、いづれのジャケットもコーティングと調和して、深さが滲み出ていて、見れば見るほど欲しくなってしまう。

なるほどアルト・マドネスと良くぞタイトルにしたものだと感心するのである。

さて、音楽はマクリーンとジェンキンスというパ−カ−の弟子たちによる共演。
裏のライナーにはパーカー・メソッドの乱舞だと。
誠にもって、その通りの演奏が繰り広げられる。
パ−カ−の後のジャズはちょっと聴き易い方向に行ってしまったけど、俺たち二人でパ−カ−の音楽を思いっきり演奏しようじゃないかという気構えが伝わる。
聴けば、本当のハードバップ・マニアでなければ感動しない、良い時代のジャズが繰り広げられるのである。
私はマクリーンが好きだけど、その中にあって特に好きな一枚である。
これを聴いていると、幸せな気持ちになる。

完璧なハード・バップが聴ける作品である。

金子 兜太
2018/10/13

下の階のコンビニーに行ったら、私と同じようなジイジが、買い物をしていた。
その頭にちょこんと乗った帽子のつばに「アベ政治をゆるさない」と書かれたバッヂが。
気合が入った方なのだろう、エライ!

それで、そういえば数日前に金子 兜太のどうでもいい話を書いたせいか 何故か日記の素材としてスイッチが入ってしまった。パチン!。
数年前に民主党の国会議員が規則に反して国会の場に持ち込んで顰蹙を買ったのだが、そのポスター「アベ政治を許さない」は、もうあっちこっちに貼られ、テレビにも出され、これほど有名になったポスターもない。
このポスターを書いた人が俳人の金子兜太である。
その話をテレビで見た時は、アベの何を許さないのか?明確に表せない標語を書いてしまった金子兜太がこれ程のサヨクかと驚いたものだ。
なんでも、澤地久枝の依頼により、それならばと書いたという。
面白いオヤジだ。

あの俳句だけの親父がね、って、この人は凄い頭脳の持ち主なんだ。
俳人というより哲学者、思想家といっても良いひとであるのだが、そういう人が、こういう雰囲気だけのポスターを作ってしまったのがね......
人生いろいろだな。
これもまた、ありかね。

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