イチゴ白書で... | - 2015/04/12
- 70年代のあの運動が一段落した後、学生たちの中に、さっぱりと足を洗って会社に入る者、田舎に帰って農業でもやるという者ばかりでなくそのまま政治運動を続けるものがいた。
思い出したのだが、当時盛んに囁かれたのは、沖縄に行こうと言う話であった。 沖縄に住んで運動をすれば食えるという話である。 今、思えば行った人は基地の周辺の何もなかった原っぱに住んで、根付いた結果が、基地反対運動だったのかもしれない、と最近良く思う。 きっとあの当時に、早い話が出稼ぎ?に行った連中が、頑張った結果なのかと、想像してしまうのだ。 相模原などに米軍基地近くに金目当てで行った者もいた話は聞いた。 噂ではあるのだが、いづれにせよ、それも就職の一つだったわけだ。 だとしたらヤクザのシノギと一緒だな。
こうして考えるに、当時の彼等が日本の政治を牛耳って見たいという思いは、ちゃんと実現していたのだ。 それは先の民主党政権で、彼等の経歴を調べると、ネット情報ではあるがかなりの議員が全共闘出身者だったことがわかる。 時期が到来して、同じ考えで生きて来たマスコミ内部の人間と呼応したというか意識的というか上手く扇動して民主党政権が出来上がったのだ。 結局、短命に終わったのはたった一つ、左翼と言え、日本国家の指導者たる者、いつまでも「反日」では、国の運営は出来ないという、実に簡単な理屈なのである。 国家の指導たる者、左翼であれ右翼であれ如何なる思想であっても愛国心に基づくものでなければ、人心の掌握はできないのだ。 共産国家の中国や北朝鮮でさえ愛国心を育て、右翼の国アメリカは愛国の国である。 その中で日本の指導者だけが反日であっても、植民地の傀儡政権と同様、どうしたって政治が不自然極まりない。 それ以外にあの失敗はない。 今後もし左翼政党が政権に就くためには、反日思想を捨てない事には、絶対にそれはかなう事がない。
しかし一度は政権の座に付いた事は、彼ら自身の、また当時からの左翼支持者の人生の目的は達成したのだ、と私は思う。 ある意味、有り得ないほど凄い事で、歴史的な政治事件でもある。
いちご白書から、とんでもなく話が飛んだなあ。
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